伝記
スシャント・シン・ラージプートは、1986年1月21日に生まれ、2020年6月14日に没したインドの俳優である。ビハール州のパトナで、クリシュナ・クマール・シンとウーシャ・シンの息子として生まれた。5人きょうだいの末っ子で唯一の息子とされ、姉妹の一人ミトゥー・シンは州レベルのクリケット選手として活動した。2002年に母を亡くし、同年に一家はデリーに移った。
物理に関心の強い読書家で、物理のオリンピックで優勝した経験があるともいわれる。デリー工科大学の前身にあたる工学部に進んで機械工学を学んだが、本人の言葉によれば工学への関心は薄く、家族に他の選択肢を与えられなかったことに不満を抱いていた。在学中にダンスの教室に通い、友人に誘われて演劇の教室にも加わった。この経験を「私は自由になる経験を見付けたのです。私は観客とコミュニケーションできることに気付き、これを永遠のものにしたいと望んだのです」と語っている。やがてダンスチームのレギュラーに抜擢され、背景のダンサーを務め、2006年のコモンウェルスゲームズでは開会式の文化プログラムに加わった。工学の勉強への興味を失い、学業を離れてムンバイに移り、ナディラ・ババールの劇団エクジュテーで2年半活動した。この間にネスレ・ムンクのテレビコマーシャルで注目を集めたとされる。
2008年、プリトヴィ劇場の舞台に立っていたところをテレビ制作会社のキャスティングチームに見出され、連続ドラマ『キス・デーシュ・メイン・ハイ・メーラー・ディル』のプリート役に起用された。プリートは物語の早い段階で死ぬが、視聴者に人気があったため最終話に霊の姿で再登場した。この演技がプロデューサーのエークター・カプールの目に留まり、2009年からの連続ドラマ『パヴィトラ・リシュタ』で主役マナーヴ・デーシュムクに抜擢された。放送局は難色を示したともいわれる。家族を支える青年を演じて高く評価され、複数のテレビ賞を受けた。2010年にはダンス番組にも出演し、母の日の回では亡き母にダンスを捧げた。2011年10月、海外で映画製作を学ぶために『パヴィトラ・リシュタ』を降板した。
2013年2月、『カイ・ポー・チェ!』で映画デビューし、クリケット選手イシャーン・バットを演じた。作品は批評面でも興行面でも成功し、評論家のラジーヴ・マサンドは「スターが誕生したことは明白となっています」と評した。同年には『シュッド・デーシー・ロマンス』、2014年には『PK』に出演し、『PK』はインド映画の興行成績上位作の一つとなった。2015年に『探偵ビョームケーシュ・バクシー』で主人公を演じ、2016年には元クリケット代表主将マヘンドラ・シン・ドーニを描いた伝記映画で主演して大きな興行成功を収め、フィルムフェア賞の主演男優賞候補になった。その後も『ケーダールナート』『きっと、またあえる』などに出演した。
2020年6月14日、ムンバイの自宅で首を吊った状態で発見され、死亡が確認された。警察の発表では遺書は見つからなかった。モディ首相やラーフル・ガンディー、プリヤンカー・チョープラーらが弔意を表した。死をめぐっては様々な議論が起こり、麻薬取締局が関係者を立件し、中央捜査局は2025年3月22日に不審な点はないとする終結報告を出したとされる。最後の出演作『ディル・ベチャーラー』は、新型コロナウイルスの流行で公開が延びたのち、死後に配信サービスで公開された。
同じ年に亡くなった人物
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