伝記
スタンリー・コーエンは、1922年11月17日にニューヨークのブルックリン区で生まれたアメリカの生化学者である。1986年にリータ・レーヴィ=モンタルチーニとともにノーベル生理学・医学賞を受け、2020年2月5日に97歳で亡くなった。
両親は20世紀初頭にアメリカへ渡ったロシア系のユダヤ人移民で、父ルイは仕立屋、母ファニーは主婦だったとされる。教育は限られていたが、子に知的な達成の価値と、自分の才能を生かすことを教えた。家は裕福でなく、高等教育を受けさせる余裕はなかった。しかしニューヨーク市の公立大学は授業料が無料で、そのおかげで大学に進めた。ニューヨーク市立大学ブルックリン校で化学と動物学(生物学)を学び、1943年に学士号を受けた。大学時代の関心は細胞生物学と、とりわけ胚の発生の謎にあったという。
学費や生活費を得るため、乳製品工場で細菌学者として働いた。その後、1945年にオベリン大学で動物学の修士号を得た。1948年にはミシガン大学で生化学の博士号を受けた。博士論文はミミズの代謝についてのものだった。
最初の研究職はコロラド大学で、小児科学と生化学の分野で未熟児の代謝を調べた。1952年にセントルイスのワシントン大学へ移り、まず放射線科でマーティン・ケイメンのもと同位体の方法を学んだ。そこでは二酸化炭素の固定を研究し、アーサー・コーンバーグの指導も受けた。のちに動物学部門でリータ・レーヴィ=モンタルチーニと共同研究を行い、神経成長因子を分離した。コーエンは、この成長因子がポリペプチド鎖であることを示したとされる。
その後、新生マウスで切歯の萌出と開眼を早める蛋白質を分離し、これが上皮成長因子(EGF)と改名された。EGFは上皮細胞の膜にある受容体蛋白質に結合して細胞の増殖を促し、コーエンはそのアミノ酸配列も決めた。人工的に作られたEGFは、皮膚や角膜の傷の治療に役立つとされる。
1959年にヴァンダービルト大学医学部へ移って生化学の教授となり、1976年からはアメリカ癌学会の研究教授も兼ねた。1999年にヴァンダービルト大学を退職した。受賞には、1981年のローゼンスティール賞、1983年のルイザ・グロス・ホロウィッツ賞(コロンビア大学、レーヴィ=モンタルチーニと共同)、1985年のガードナー国際賞、1986年のアルバート・ラスカー基礎医学研究賞とアメリカ国家科学賞、1987年のフランクリン・メダルなどがある。1986年にはフレッド・コンラッド・コッホ賞も受けた。細胞増殖因子に関する研究は、がんの発生の理解や抗がん剤の設計の基礎になったとされる。
同じ年に亡くなった人物
- イジー・メンツェル (2020年没)
- トリニ・ロペス (2020年没)
- マリオ・コルソ (2020年没)
- ムハマッド・アサド・マリク (2020年没)
- アレン・ダヴィオー (2020年没)
同じ地域に関係する人物
- エディ・ラビット (1998年没)
- ニッキー・ホプキンス (1994年没)
- サム・フィリップス (2003年没)
- アール・ヴァン・ドーン (1863年没)
- ジョー・ララ (2021年没)