HISTORICAL PERSON · 2020年没

キム・ギドク

韓国の映画監督・脚本家。1996年に監督デビューし、『魚と寝る女』や『受取人不明』がヴェネツィア国際映画祭に出品されて、ヨーロッパを中心に評価が高まった。

生涯
2020年没
死亡地
ラトビア共和国(リーガ / リガ)
出生地
大韓民国(奉化郡)
出典
世界地図
ラトビア共和国(リーガ)

伝記

キム・ギドク(金基徳)は、1960年12月20日に生まれ、2020年12月11日に没した韓国の映画監督、脚本家、映画プロデューサーである。『大怪獣ヨンガリ』などを監督した同姓同名の別人とは区別される。

慶尚北道奉化郡の生まれで、山間の村で育ち、1969年にソウルへ移って学んだ。17歳から工場で働き始め、20歳で海兵隊に志願して5年間を軍隊で過ごした。周囲から軍人体質と言われるほど軍隊生活に適応していたという。この後、司祭になるため2年間を修道院で過ごしたともいわれる。1990年、絵画の勉強のためにフランスへ渡り、パリで観たジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』やレオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』に感銘を受けて映像表現を志した。帰国後は脚本の執筆に没頭し、いくつかの脚本が脚本家協会や映画振興機関の賞を受けた。1996年、低予算映画『鰐〜ワニ〜』で監督としてデビューした。

2000年の『魚と寝る女』と2001年の『受取人不明』がヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ヨーロッパを中心に評価が高まった。2001年の『悪い男』はソウルだけで30万人を動員するヒットとなり、翌年のベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品された。同年には、チャン・ドンゴンの希望を受けて『コースト・ガード』を監督した。2003年の『春夏秋冬そして春』は大鐘賞と青龍賞の作品賞を受け、全米では韓国映画史上最大のヒットとなった。2004年には『サマリア』がベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を、『うつせみ』がヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した。その後も『弓』『絶対の愛』『ブレス』などを発表した。周縁に生きる人々を主人公にすることが多く、韓国社会の金や成功への執着に批判的だった。海外で認められながら国内の批評家や観客には必ずしも受け入れられなかった数少ない監督の一人とされる。

しかし2008年の『悲夢』の撮影中、自殺未遂の場面を演じていた女優が実際に命を落としかける事故が起き、その衝撃で映画製作が困難になり、以後3年間は寒村の山小屋で隠遁生活を送った。2011年に隠遁中の自身を映したドキュメンタリー『アリラン』を発表してカンヌ国際映画祭のある視点部門作品賞を受け、2012年には『嘆きのピエタ』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞した。

2017年、『メビウス』に出演予定だった女優から告訴され、裁判所は暴力があったと認めて罰金500万ウォンの略式命令を下した。2018年3月には、韓国の文化放送の番組に出演した2人の女優が性的暴行などを訴えた。本人は否定し、女優らや番組関係者を名誉毀損などで告訴したが、2020年10月の判決で敗訴し、死後の2021年11月に結審した控訴審でも敗れた。韓国映画界では事実上の追放状態となり、活動の拠点をロシアやキルギスなど旧ソ連地域へ移した。キルギスでは現地の評論家が生活費を援助し、カザフスタン政府の資金援助で製作した作品が2019年に公開された。2020年、ラトビアのユールマラに家を買って移住する計画で11月20日から滞在していたが、新型コロナウイルス感染症にかかり、リガの病院で12月11日に死去した。2019年夏にキルギスで撮影された遺作は、友人らの手で完成し、2022年9月のヴェネツィア国際映画祭で上映された。

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