伝記
ティム・コンウェイ(本名トーマス・ダニエル・コンウェイ)は、1933年12月15日に生まれ、2019年5月14日に亡くなったアメリカ合衆国の俳優、声優、コメディアンである。身体を使った喜劇で知られ、キャロル・バーネット・ショーでの活躍が代表的な仕事とされる。生涯にプライムタイム・エミー賞を5回受け、ゴールデングローブ賞も受賞した。1999年にハリウッドの殿堂に星を刻まれ、2002年にはテレビの殿堂入りを果たしている。
オハイオ州クリーブランド郊外のウィロビーに生まれ、近くのシャグリンフォールズで育った。父ダニエルはアイルランド生まれでスコットランド系の両親を持ち、1927年にアメリカへ移民して、ポロ用の馬の手入れをしていた。母ソフィアはルーマニア系アメリカ人の一世だった。俳優を始めたころ、英国の俳優トム・コンウェイとの混同を避けるため、芸名をティムに改めたという。ボーリング・グリーン州立大学でテレビとラジオを専攻し、ディスクジョッキーも務めた。卒業後はアメリカ陸軍に入り、1956年から1958年まで所属した。
除隊後はクリーブランドに戻り、アーニー・アンダーソンと共にNBC系列のKYW-TVで働き始めた。1960年にはアンダーソンと共にCBS系列のWJW-TVに移り、平日朝の番組のためにコントの台本を書き、自らも演じた。1962年に局はコンウェイを解雇した。理由の一部は、二人が監督の経験があると局の幹部に思い込ませたことだったとされる。1961年、喜劇女優のローズ・マリーが『ディック・ヴァン・ダイク・ショー』の宣伝で同局を訪れ、二人のコントの映像を見てコンウェイに目を留めた。彼女の助けでニューヨークへ出て、ABCのバラエティ番組『スティーヴ・アレン・ショー』のレギュラーの座を得た。その後、ABCのシットコム『マクヘイルズ・ネイビー』にレギュラー出演して注目を集めた。この役でエミー賞の助演男優賞にもノミネートされた。1969年にABCのコント番組『ターン・オン』のゲスト司会者に起用され、1970年には自らの名を冠したシットコムが始まった。
並行してディズニー製作のコメディ映画にも出演し、『史上最大のスーパー・チャンピオン』『背番号00大奮戦』『新・ぼくはむく犬』などで軽妙な演技を見せた。1975年にはCBSのコント番組『キャロル・バーネット・ショー』にレギュラーとして加わり、ハーヴェイ・コーマンと共に番組の人気を支えた。台本から離れた即興の言動で共演者を笑わせ、役を崩させることがしばしばあったという。この番組は1978年に終わったが、1980年に始まったCBSのバラエティ番組『ティム・コンウェイ・ショー』でもコーマンと組んだ。1981年に同番組が終了した後も出演を続け、『サーティー・ロック』や『CSI:科学捜査班』、『グリー』などにゲスト出演した。1996年のドラマ『コーチ』と2008年の『サーティー・ロック』では、コメディ部門のゲスト男優賞を受けている。声優としては、『スポンジ・ボブ』や『ヒックとドラゴン』に出演した。
私生活では、1961年にメアリー・アン・ダルトンと結婚して7人の子をもうけたが、1978年に離婚し、1984年にシャーリーン・コンウェイと再婚した。息子のティム・コンウェイ・ジュニアは、ロサンゼルスのラジオ局KFIでパーソナリティを務める。全米大脳白質ジストロフィー財団のスポークスパーソンも務めた。2019年5月14日、ロサンゼルスの介護施設で85歳で亡くなった。
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