HISTORICAL PERSON · 2015年没

ファーティマ・メルニーシー

モロッコのフェミニスト作家、社会学者。フェズで幼少期をハーレムで過ごし、大学で教え、イスラムフェミニストとして知られた。

生涯
2015年没
死亡地
モロッコ王国(ラバト=サレ=ゼムール=ザイール地方 / ラバト)
出生地
モロッコ王国(フェズ)
出典
世界地図
モロッコ王国(ラバト=サレ=ゼムール=ザイール地方)

伝記

ファーティマ・メルニーシーは、1940年9月27日にモロッコのフェズで生まれたフェミニストの作家、社会学者である。裕福な父方の祖母のハーレムで、多くの女性の親族や使用人とともに幼少期を過ごした。初等教育はナショナリスト運動が設立した学校で、中等教育はフランスの保護領が資金を出した女子校で受けた。

モハメッド5世大学で政治学の勉強を始め、のちに奨学金を得て社会学の研究に進んだ。1966年にパリのソルボンヌ、1970年にアメリカのブランダイス大学へ移り、1973年に博士号を取得している。ただ、入学や学位の年については、これと異なる伝えもある。帰国後はラバトのモハメッド5世大学に戻り、1974年から1981年まで文学部で、方法論、家族社会学、心理社会学などを教えた。同大学の科学研究所の研究員も務めた。

最初の単行書『ベールの彼方に』(1975年)は、博士論文として書かれたものを本にしたもので、イスラム信仰との関係の中でムスリム女性の力を捉えた。人類学や社会学で、アラブ世界や地中海地域、ムスリム社会の女性を論じた古典となっている。この本で彼女は、西洋社会がイスラムに、とくにムスリム女性に対して作り上げてきた民族中心的な固定観念を崩そうとし、西洋のフェミニズムが作った「第三世界の女性」という一括りの像とも区別した。

イスラム・フェミニストとして最もよく知られる著作は、フランス語で1987年に出て1991年に英訳された『ヴェールと男性エリート』で、預言者ムハンマドの妻たちの役割を扱った準歴史的な研究である。ムハンマドの後継を詳しく調べ、ハディース(ムハンマドに帰される言行)の一部の正しさに疑いを投げかけ、イスラムに見られる女性の従属がコーランそのものから来るとは限らないと論じた。この本はモロッコやイラン、ペルシャ湾岸のアラブ諸国で発禁になった。

社会学者としては主にモロッコで現地調査を行い、1970年代末から1980年代初めにかけて何度も聞き取りを重ね、女性や女性の仕事に対する人々の態度を調べた。ユネスコや国際労働機関、モロッコ政府のための調査も手がけた。1994年には、ハーレムでの少女時代を描く自伝風の作品『ハーレムの少女ファティマ』を出した。『シェヘラザード、西へ行く』では、服のサイズ6などを例に、西洋の女性にも見た目に基づく抑圧があると論じた。ほかに『イスラームと民主主義』(2002年)がある。著作は、ムサワなど他のムスリム・フェミニストにも着想を与えたとされる。2015年11月30日、ラバトで亡くなった。

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