伝記
フィリップ・シーモア・ホフマンは、1967年7月23日にアメリカのニューヨーク州ロチェスター郊外のフェアポートで生まれた俳優である。母マリリン・オコナーは小学校の教師から弁護士となり、のちに家庭裁判所の判事になった。父ゴードン・ストウェルはゼロックス社に勤めていた。兄ゴーディと、姉妹のジル、エミリーがいる。アイルランドとドイツの血を引いている。カトリックの洗礼を受けたが、宗教色の濃い家庭ではなかった。9歳のとき両親が離婚し、子どもたちは主に母に育てられた。子どものころはスポーツに熱中し、とくにレスリングと野球に打ち込んだが、12歳でアーサー・ミラーの『みんな我が子』の舞台を見て心を奪われ、「あの体験で恒久的に変わった」と2008年に回想している。母も演劇の愛好家で、一緒に通った。14歳で首を痛めてスポーツをやめると、母に勧められて演劇部に入った。
演技はしだいに情熱となり、17歳でニューヨーク州の芸術夏期学校に選ばれて、のちの共同制作者ベネット・ミラーらと知り合った。ニューヨーク大学のティッシュ芸術学校に進み、案内係をして生活費を稼ぎ、友人と劇団を共同で創設して、1989年に演劇の学位を得た。卒業後は、オフ・ブロードウェイの劇場で働き、顧客対応の仕事で収入を補った。1991年にテレビドラマで映像に初めて出演し、翌年に映画デビューを果たした。この時、同姓の俳優と混同されないよう、祖父の名のシーモアを名乗るようになった。1992年の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』で、甘やかされた生徒を演じて注目された。以後、『ブギーナイツ』『ハピネス』『ビッグ・リボウスキ』『マグノリア』など、ポール・トーマス・アンダーソン、トッド・ソロンズ、コーエン兄弟といった個性的な監督の作品に出て、個性的な脇役で評価を高めた。
自身の映画制作会社を設立し、高校時代からの知り合いベネット・ミラー監督の『カポーティ』(2005年)を最初の作品として製作した。この作品でトルーマン・カポーティを憑依したように演じ、アカデミー主演男優賞とゴールデングローブ賞主演男優賞をはじめ、その年の主演男優賞を総なめにした。2007年の『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』と2008年の『ダウト〜あるカトリック学校で〜』で、アカデミー助演男優賞に2年連続でノミネートされた。2012年のポール・トーマス・アンダーソン監督『ザ・マスター』では、新興宗教の教祖を演じて、ヴェネツィア国際映画祭の男優賞をホアキン・フェニックスと分け合い、再びアカデミー助演男優賞にノミネートされた。『ハンガー・ゲーム』シリーズにも出演し、舞台でも活躍して、サム・シェパードやユージン・オニールの『夜への長い航路』、アーサー・ミラーの舞台などでトニー賞にノミネートされた。
1999年から衣装デザイナーのミミ・オドネルと交際し、3人の子が生まれた。長男のクーパーも俳優となった。薬物やアルコールの依存症に苦しみ、過去に数回、治療を受けていた。2014年2月2日、ニューヨークのマンハッタンの自宅アパートで遺体で発見され、死因は、ヘロインなどの薬物の過剰摂取だった。亡くなった4日後に開かれたベルリン国際映画祭では、『カポーティ』が追悼上映された。
同じ年に亡くなった人物
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- ラリー・スコット (ボディビルダー) (2014年没)
- エルンスト・アルプレヒト (2014年没)
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