伝記
リチャード・ドーソン・キールは、1939年9月13日にミシガン州デトロイトで、ジョージ・アルバート・キールと妻メアリーの子として生まれたアメリカの俳優である。身長は2メートル18センチ、体重は143キログラムあり、世界一の巨体の俳優として知られた。ただし、ギネス世界記録は申請しないと登録されないため、記録には載っていない。並外れた背丈は、成長ホルモンの過剰による症状が原因とされる。9歳のときに一家でロサンゼルス近郊に移り、ボールドウィン・パーク高校を卒業した。12歳で既に大人の体格に達し、バスケットボールの無敵の選手として学校で活躍したという。
俳優になる前は、訪問販売の掃除機の売り込みやナイトクラブの用心棒、墓地の区画の販売など、いくつもの職を経験した。1963年から1965年までは、バーバンクの学校で夜間の数学の講師も務めた。20歳のとき、ウィリアム・コンラッドに認められ、コンラッド製作のテレビドラマ『風雲クロンダイク』でデビューした。1960年代から1980年代にかけて、『ライフルマン』『アイ・スパイ』『事件記者コルチャック』など数多くの番組に出た。1962年の『ミステリーゾーン』のうち、巨大な宇宙人を演じた回は評価が高い。『ワイルド・ワイルド・ウェスト』にも、大柄な口のきけない刺客の役で出た。体格のため悪役が多く、1961年に映画界に進み、『幻の惑星』(1961年)などに出演した。1977年にはテレビシリーズ『超人ハルク』の主役の候補となり、パイロット版の撮影も始めたが、製作者はより筋肉質の人物を求めて彼を外した。本人は、役のために着けるコンタクトレンズで片目しか見えず、緑の塗料も不快だったので、降板を気にしなかったと述べた。
1976年の『大陸横断超特急』で金属の歯の悪役を演じ、これを見たボンド映画の製作者の目にとまり、1977年の『007 私を愛したスパイ』で殺し屋ジョーズ役に起用された。1979年には『007 ムーンレイカー』にも続投した。同じ殺し屋がシリーズ二作に連続して登場し、しかもボンドに殺されなかったのは、後にも先にもキールだけである。金属製の歯の装具は、着けると非常に痛く、数分しか使えなかったため、口を閉じたまま、あるいは危険な笑みをわずかに見せる場面が多い。ほかに『ロンゲスト・ヤード』(1974年)、『ナバロンの嵐』(1978年)、『キャノンボール2』(1984年)、『ペイルライダー』(1985年)に出た。1996年の『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』のラーソン役のあと、ほぼ引退したが、2010年のディズニー映画『塔の上のラプンツェル』では、陶器のユニコーンを集める心優しい悪党ヴラドの声を録音した。2002年に自伝を出した。2007年には、奴隷制度廃止論者カシアス・マーセラス・クレイの伝記を共著で出版した。
1960年にフェイ・ダニエルズと結婚して1973年に離婚し、翌年にダイアン・ロジャースと結婚した。1992年に自動車事故で頭部を負傷し、平衡感覚に影響が出て、以後はスクーターか車椅子を用いるようになった。2014年9月10日、カリフォルニア州で死去した。74歳だった。
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