HISTORICAL PERSON · 2013年没

ロバート・フォーゲル

アメリカの経済学者。経済理論や数量分析を経済史の研究に用いる数量経済史の手法で知られ、1993年にダグラス・ノースとともにノーベル経済学賞を受賞した。

生涯
2013年没
死亡地
アメリカ合衆国(イリノイ州 / オーク・ローン)
出生地
アメリカ合衆国(ニューヨーク)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(イリノイ州)

伝記

ロバート・ウィリアム・フォーゲルは、1926年7月1日にニューヨーク市で生まれたアメリカの経済史家である。両親は1922年にオデッサから移住したウクライナ系ユダヤ人であった。6歳年上の兄は、大恐慌期の社会や経済の問題を大学の友人たちと熱心に議論しており、少年時代のフォーゲルにとって最大の知的な刺激になったとされる。1944年にスタイヴェサント高校を卒業した。文学と歴史を愛し、科学者を志していたが、1940年代後半の経済に対する深い悲観論から、経済学へと関心を移したという。

コーネル大学では歴史を主専攻、経済学を副専攻として学び、学内の青年組織の支部長を務めた。この組織は共産主義系であった。1948年に卒業すると共産党の専従オルグとなり、その後約8年間活動したが、やがて共産主義を非科学的だとして退けた。1949年には、アフリカ系アメリカ人の女性エニッド・キャサンドラ・モーガンと結婚し、二人の子をもうけた。当時は異人種間結婚を禁じる法律があり、周囲の反感も強かったため、夫婦は大きな困難に直面した。大学院はコロンビア大学で経済学を学び、ジョージ・スティグラーに師事して修士号を得た。ジョンズ・ホプキンス大学では、サイモン・クズネッツの指導のもとで博士号を取り、アバ・ラーナー、エヴセイ・ドーマー、フリッツ・マッハループらにも学んだ。

研究者としての出発は、1960年代前半のロチェスター大学の助教授である。その後シカゴ大学に移って准教授、のちに教授となり、1968年から1975年までは秋学期にロチェスター大学でも教えた。最初の本格的な計量経済史の研究は『鉄道とアメリカの経済成長』(1964年)で、19世紀のアメリカ経済に対する鉄道の貢献を数量的に確かめようとした。鉄道がなく馬車や運河、自然の水路だけが輸送を担う仮想の1890年の経済と実際の経済とを比べ、鉄道の登場がアメリカ経済に欠かせなかったとはいえないと主張した。この時期には、スタンリー・エンガーマンとの共著『苦難のとき』(1974年)も完成させた。同時に、ディアドラ・マクロスキーを含む、経済史を担う多くの学生や研究者を育てた。

1975年にハーバード大学へ移り、1978年からは全米経済研究所の研究員も務めた。1981年にシカゴ大学へ戻り、新設の人口経済学研究センターの所長となって、ウォルグリーン記念特別教授の地位に就いた。経済史にとどまらず、人口統計学、生理学、家族社会学、栄養、中国の経済発展、科学哲学など広い分野を研究し、18世紀から20世紀にかけての死亡率の劇的な低下のような歴史現象を説明しようとした。著書には、奴隷制の興亡を論じた『同意も契約もなく』(1989年)、『飢餓と早死からの脱出』(2004年)のほか、『第四の大覚醒と平等主義の未来』(2000年)などがある。1972年にアメリカ芸術科学アカデミー、1973年に全米科学アカデミーの会員に選ばれ、1995年には農業史学会のフェロー、2000年にはアメリカ哲学協会の会員にもなった。1993年にダグラス・ノースとともにノーベル経済学賞を受け、1998年にはアメリカ経済学会の会長を務めた。2013年6月11日、イリノイ州オークローンで、短い闘病の末に86歳で亡くなった。

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