伝記
ベン・ギャザラ(本名ビアジオ・アンソニー・ギャザラ)は、1930年8月28日にニューヨーク市マンハッタン区で生まれたアメリカ合衆国の俳優である。両親はいずれもシチリア島アグリジェント県のカニカッティの出身で、父アントニオは建設現場の労働者、母はアンジェラ・クスマーノといい、一家は移民の家庭としてマンハッタンのファースト・アベニュー沿いの建物に暮らした。高校を卒業するとニューヨーク市立大学シティカレッジに入り、電気工学を二年間学んだが中退した。その後アクターズ・スタジオで演技を学び、1950年代にはスティーヴ・マックイーン、ポール・ニューマン、ジェームズ・ディーンらと同じ場で修業を積んだ。手本としたのはジェームズ・キャグニー、ハンフリー・ボガート、モンゴメリー・クリフト、マーロン・ブランドだという。
1956年、エリア・カザンの演出によるテネシー・ウィリアムズ作『熱いトタン屋根の猫』でバーバラ・ベル・ゲデスの相手役を務め、ブロードウェイの舞台に立った。この作品は最もよく知られた舞台となった。映画では1959年のオットー・プレミンジャー監督作『アナトミー・オブ・ア・マーダー』で、ジェームズ・スチュワート演じる弁護士に守られる、殺人の容疑をかけられた怪しい軍人を演じ、広く知られるようになった。1960年代には、不治の病を負いながら残りの人生を燃やし尽くす弁護士を演じたテレビシリーズで大きな人気を得た。1969年の『レマゲン鉄橋』にも出演している。
その後はハリウッドで花形の役を追うよりも、独立系の監督と組む道を選んだ。1970年からは友人のジョン・カサヴェテスの作品に欠かせない俳優となり、ジーナ・ローランズやピーター・フォークとともに『ハズバンズ』『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』『オープニング・ナイト』などに出演した。カサヴェテスとの仕事を、子どものように新しいおもちゃで遊び、想像力のままに表現できた時間として振り返り、彼の早世を惜しんだと伝えられる。ほかにもピーター・ボグダノヴィッチの『セイント・ジャック』などにも出た。1974年のミニシリーズでは、元ナチスの男から名誉毀損で訴えられる作家の役を、アンソニー・ホプキンスと共演して演じ、1975年には『カポネ』で主役を務めた。1981年には、チャールズ・ブコウスキーに着想を得た酒浸りの詩人をマルコ・フェレーリ監督作で演じた。その風貌から、1989年の『ロードハウス』や1998年の『ビッグ・リボウスキ』など、悪党や犯罪者の役も多かった。
カサヴェテスが亡くなった1989年の翌年には、その思い出に監督業にも乗り出したが、映画の製作と資金集めの難しさから、のちには執筆に身を移し、回想録と、第二次世界大戦を舞台にした小説を出版した。七十歳を過ぎても現役で、2003年にはテレビ映画『ヒステリカル・ブラインドネス』でエミー賞を受賞した。最後の出演作は2011年の映画で、おじのジョヴァンニの役だった。私生活では、ルイーズ・エリクソン、ジャニス・ルール(一子をもうけた)、ドイツ人の元モデルのエルケ・クリヴァットと結婚した。2012年2月3日、ニューヨークの病院で膵臓癌のため死去した。
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