HISTORICAL PERSON · 2011年没

ウィラード・ボイル

カナダ生まれの物理学者。電荷結合素子(CCD)の共同発明者で、撮像半導体回路の発明により2009年のノーベル物理学賞を共同受賞した。

生涯
2011年没
死亡地
カナダ(ノバスコシア州 / ウォレス)
出生地
カナダ(アマースト)
出典
世界地図
カナダ(ノバスコシア州)

伝記

ウィラード・スターリング・ボイルは、1924年8月19日にカナダのノバスコシア州アマーストで生まれた物理学者である。医師の息子で、幼いころに両親とともにケベック州へ移り住んだ。14歳になるまでは自宅で教育を受け、中等教育を終えるためにモントリオールのロウアー・カナダ・カレッジに入った。その後マギル大学に進んだが、第二次世界大戦のさなかの1943年に学業を中断してカナダ王立海軍に入隊した。戦争が終わると英国海軍に派遣され、戦闘機スピットファイアを航空母艦に着艦させる技術を学んでいる。復学後、1947年に学士号、1948年に修士号、1950年に博士号を取得した。

博士号を得たのちは、カナダの放射線研究所で1年を過ごし、王立軍事大学で2年間物理を教えた。1953年にベル研究所に入り、1962年にはダン・ネルソンとともに、世界で初めて持続的に動作するルビーレーザーを発明した。これは注入型半導体レーザーに関する最初の特許にも名を連ねる仕事となった。同じ1962年にはベル研究所の関連会社ベルコムで宇宙科学と探索的研究部門の責任者となり、アポロ計画を支えて、月面着陸の候補地を選ぶ手助けをした。1964年にベル研究所へ戻ってからは、集積回路の開発に携わった。

1969年には、同僚のジョージ・E・スミスとともに電荷結合素子(CCD)を発明した。これは撮像のための半導体回路で、アメリカ航空宇宙局が宇宙から鮮明な画像を地球へ送るのに役立ち、今日ではデジタルカメラの中核をなす技術でもある。スミスは、最初の撮像素子を二つ作った時点で、化学的な写真は終わったと確信したと語っている。ただ、同じ研究所で働いた二人の元同僚は、写真への応用はボイルの発明ではないと主張している。この発明で、二人は1973年にフランクリン協会のスチュアート・バレンタイン・メダルを、1974年に電気電子学会のモーリス・リーブマン記念賞を、2006年にチャールズ・スターク・ドレイパー賞をそれぞれ共同で受けた。ボイルは1975年から引退する1979年までベル研究所の研究開発の責任者を務めた。

引退後はノバスコシア州のウォレスとハリファックスで暮らし、風景画家である妻ベティーと画廊を立ち上げる手助けをした。ベティーとの結婚は1940年代後半で、4人の子と10人の孫に恵まれた。2009年には「撮像半導体回路(CCDセンサー)の発明」を理由にノーベル物理学賞を、スミスらと共に4分の1の割合で受賞した。2010年6月30日にはカナダ勲章のコンパニオンに叙せられている。2011年5月7日に世を去った。86歳であった。

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