伝記
クリストファー・ヒッチェンズは1949年4月13日、イングランド南部ハンプシャーの港湾都市ポーツマスに生まれたイギリス出身の作家、ジャーナリストである。父エリックは英国海軍の士官で、母イヴォンヌ・ヒックマンは海軍婦人部隊の一員だった。二人は第二次世界大戦中、勤務先のスコットランドで出会ったという。母はユダヤ人の出自で、本人がそれを知ったのは38歳のときだったとされ、以後は自らをユダヤ人と考えるようになった。父の任務のため一家は国内や植民地の基地を転々とし、弟のピーターも後にジャーナリスト、作家になった。
ヒッチェンズは8歳から私立学校に通い、ケンブリッジのレイズ・スクールで学んだ。1967年にオックスフォード大学ベリオール・カレッジに入学し、哲学、政治学、経済学を専攻して、1970年に卒業している。成績は三等だった。1968年にはテレビのクイズ番組にも出演した。1960年代には反戦や反人種差別などの政治運動に数多く参加し、ベトナム戦争や核兵器、人種差別、寡頭制への反発から左派の立場をとった。ジェームズ・キャメロンの記事を読んだことが、ジャーナリストを志すきっかけになったという。
卒業後はロンドンに住み、1971年に高等教育専門紙の記者となり、1973年には政治誌『ニュー・ステーツマン』の記者に転じた。タブロイド紙『デイリー・エクスプレス』にも寄稿している。1970年代後半にはキプロスに特派員として赴任し、ギリシャ系キプロス人のエレニと出会って1981年に結婚、息子と娘をもうけた。同じ1981年にアメリカへ渡り、『ネイション』『アトランティック』『ヴァニティ・フェア』など数多くの雑誌や新聞に寄稿した。1989年にエレニと離婚し、1991年に米国人著作家キャロル・ブルーと再婚して娘をもうけた。2007年にはアメリカの国籍を取得した。
著作には、マザー・テレサを論じた『宣教師の立場』(1995年)、キッシンジャーを批判した『アメリカの陰謀とヘンリー・キッシンジャー』(2001年)、『トマス・ペインの『人間の権利』』(2007年)などがある。信仰や宗教、文化、政治、文学を扱った著書は18冊に及ぶ。宗教はいずれも誤りで有害で権威主義的だとする反神論者で、ドーキンス、サム・ハリス、デネットとともに「新無神論の四騎士」の一人に数えられた。政治的には民主社会主義者を自称して社会主義団体に加わった若い頃から考えを変え、2000年代にはイラクとアフガニスタンへの侵攻を支持し、2004年にブッシュ、2008年にオバマを支持した。アメリカの外交についてはベトナムやチリ、東ティモールへの関与を批判する一方、コソボ紛争やボスニア紛争では米国の介入を支持した。1990年代以降、特に9.11後には右傾化したと見られたが、本人は保守と呼ばれることを嫌い、自分は左派だと主張した。表現の自由や科学的懐疑主義、政教分離を重んじ、同性婚と銃を持つ権利を支持し、麻薬との戦争には反対した。「証拠なしに主張されることは、証拠なしに退けてよい」という彼の考え方は、哲学や法の分野でも用いられている。
食道がんに伴う合併症のため、2011年12月15日にテキサス州ヒューストンで亡くなった。62歳だった。
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