伝記
ハリー・ムリシュは、1927年7月29日にオランダのハールレムで生まれた小説家である。戦後オランダ文学の「三大作家」の一人に数えられ、小説のほか戯曲、評論、詩、哲学的な考察も書いた。父はオーストリア=ハンガリー帝国の出身で、第一次世界大戦後にオランダへ移住した人物である。第二次世界大戦のドイツ占領下では、ユダヤ人の没収財産を扱うドイツの銀行に勤めた。母はユダヤ人だった。父がナチスと関わりを持っていたため、ムリシュと母は強制収容所に送られずに済んだとされる。両親がこのように微妙な立場にあったことから、ムリシュは自分は第二次世界大戦そのものだと語ったことがある。両親の使用人だったフリーダ・ファルクに主に育てられたともいう。父は1957年に亡くなり、ムリシュは1958年からアムステルダムに住んだ。
作品では第二次世界大戦が繰り返し取り上げられた。戦時中に父がドイツ側の仕事をしたため、父は戦後に三年間の懲役を受けた。人格形成期のほとんどが戦時にあたっていたため、戦争は人生にも作品にも大きな影響を及ぼした。1961年には週刊誌の特派員として二度イスラエルを訪れ、アイヒマン裁判を取材した。その記事が、1962年に刊行された『事件40/61』の土台になった。戦争を扱う主な作品には『襲撃』や『ジークフリート』のほか、1959年に刊行された『石のベッド』(スペイン語題からの訳)がある。著作の歴史は1947年の最初の書物にさかのぼり、1952年には複数の作品を世に出した。1975年の『二人の女』や、ギリシャ神話に基づく1988年の『元素』なども知られ、ユダヤ神秘思想を取り込んだ作品としては『天国の発見』や『過程』が挙げられる。また、ギリシャ神話やユダヤ神秘思想など、ヨーロッパの伝説や神話、さらに政治思想も作品に取り込んだ。本人は社会主義者で、早い時期からフィデル・カストロを擁護したことでも知られ、1968年にはキューバ革命を証言する書物も著している。博識で知られる一方、批評家からは、その知識をしばしばひけらかすように見えると評された。
代表作の一つ『襲撃』は1982年に発表され、1986年に『追想のかなた』の題で映画化された。この映画はアカデミー外国語映画賞とゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受け、ムリシュは国際的にも有名になった。作品は20以上の言語に訳されている。1992年の『天国の発見』は、オランダ文学史上で最良の本として人気投票で選ばれたと伝えられる大作であり、2001年にはイェルーン・クラッベの監督で映画化された。個々の作品や全業績に対して多くの賞を受け、なかでも最も重要なのは、1995年に贈られたオランダ文学賞だとされる。
1971年にスヨールチェ・ウーデンベルフと結婚して二人の娘をもうけ、のちの1992年には別の女性との関係が始まり、第三の子ももうけた。2010年10月30日、癌のため、アムステルダムの自宅で死去した。83歳だった。日本語には『天国の発見』が2005年に、『過程』が2010年に、『襲撃』が2023年に、いずれも長山さきの訳で刊行されている。
同じ年に亡くなった人物
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