HISTORICAL PERSON · 2010年没

レスリー・ニールセン

カナダ出身の俳優。『裸の銃を持つ男』シリーズなどのコメディ映画で知られ、カナダ勲章を受章した。

生涯
2010年没
死亡地
アメリカ合衆国(フロリダ州 / フォート・ローダーデイル)
出生地
カナダ(レジャイナ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(フロリダ州)

伝記

レスリー・ウィリアム・ニールセンは、1926年2月11日、カナダのサスカチュワン州レジャイナに生まれた俳優である。母メイベルはウェールズ出身の移民、父イングバードはデンマーク生まれの王立カナダ騎馬警察の警官だった。兄のエリックは政治家で、1984年から1986年までカナダの副首相を務めた。父の別の関係に生まれた異母兄弟もいる。親戚に、俳優として知られたジーン・ハーショルトがいた。ニールセンは、後年の取材で、おじだと言っても誰にも信じてもらえず、写真を見せると態度が変わったと語り、これが俳優になる考えの端緒だったという。

少年時代は、父の勤務のために北西準州のフォート・ノーマン、のちにエドモントンで暮らした。父は妻と息子たちを殴る暴力的な人間で、少年は家から逃れたいと願っていた。エドモントンの高校を卒業したあと、17歳のときにカナダ空軍に入隊した。法的には聴覚に障害があり、生涯の多くを補聴器で過ごしたが、第二次世界大戦中は航空砲手として訓練を受けた。海外には送られなかった。戦争が終わって除隊すると、カルガリーのラジオ局でディスクジョッキーを短期間務め、トロントのラジオ芸術学校に入った。学んでいる間に、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスの奨学金を得た。ニューヨークでは演劇と音楽を学び、夏季の公演にも出て、その後アクターズ・スタジオに通った。

1950年、ニューヨークの生放送のテレビドラマでチャールトン・ヘストンと共演したのが、最初のテレビ出演で、出演料は75ドルだった。この年だけで46本の生放送番組に出演している。1952年にはブロードウェイの舞台に立ち、1956年にはミュージカル映画で映画に初めて出た。この映画は成功しなかったが、製作者に勧められた『禁断の惑星』のオーディションから、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー社との長期契約につながった。以降は、アクション映画を中心に出演する一方で、真面目な作品でも活躍し、『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)などに出た。1960年代以降はテレビ映画でも活躍した。

転機は、1980年公開のコメディ映画『フライングハイ』だった。ストーリーの半ばから登場する搭乗客のルーマック医師の役で、冷静な表情でナンセンスなジョークを言ったり、とんちんかんな勘違いをしたりする演技を見事にこなした。製作スタッフによれば、出演を打診された彼はすぐには答えず、スタッフが渡した1950年代の作品のビデオを観て、この映画での自分の役まわりや台詞の意味を理解したという。これ以降、コメディ俳優としての地位を確立した。評論家のロジャー・イーバートは、彼を「パロディ映画のオリヴィエ」と評した。1982年に短命に終わったテレビシリーズを経て、1988年に『裸の銃を持つ男』が大ヒットすると、もっぱらコメディ作品に出るようになった。銀髪の渋い紳士に見えて、やることなすことヘマばかりという役どころが定番だった。日本では、これ以降に公開された出演作の多くに「裸の」「持つ男」と付いた邦題が与えられ、ゴルフ好きの彼が出た作品は『裸のクラブを持つ男』と題された。2001年にカナダ勲章を受けた。4度結婚し、2人目の妻との間に娘が二人いる。2010年11月28日、フロリダ州フォートローダーデールの病院で、肺炎とその合併症のために亡くなった。

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