伝記
アンドレア・リタ・ドウォーキンは、1946年9月26日にアメリカのニュージャージー州カムデンで、ユダヤ系の家に生まれた哲学者、活動家、作家で、ラディカル・フェミニストの代表的な人物である。1960年代から平和運動やアナーキズムに関わったが、左翼の中にも女性への暴力がひそんでいることに気づいた。その後オランダに渡って結婚生活を送ったが、夫から暴力を受けたとされる。1970年代の初めから、ラディカル・フェミニストとして活発に活動するようになった。
ポルノグラフィや売春の暴力性を訴え、キャサリン・マッキノンとともに、反ポルノグラフィの運動やデモを行った。文芸批評でも、男性作家たちが強姦や性暴力をエロティックなものとして肯定していると糾弾した。彼女の思想は、合意の上で行われた結婚もレイプと同じであり、ポルノは撲滅されるべきだというものだった。自身の思想を実現するために、表現の規制や抗議行動も当然のことと考えていた。1981年の著書『ポルノグラフィ―女を所有する男達』では、結婚とはレイプを正当化する制度だと書き、連れ去って捕虜にすることが結婚であり、略奪者による使用のみならず所有を意味するとした。家族という孤立した小さな単位に分断されることで、人々は共通の利益のために一致団結して闘えなくなったとも述べている。1987年の『インターコース 性的行為の政治学』では、性交はプライベートなものではなく、制度が男の女に対する優位をつくり、持続させるものだと論じた。ポルノの撮影で被写体の女が使われることを「第1の強姦」、その写真を見る人が消費することを「第2の強姦」と呼び、身体の接触を伴わない強姦があると主張した。
その急進的な主張には、反フェミニズムの立場だけでなく、リベラル・フェミニズムからも批判が寄せられた。フランスのフェミニスト、エリザベット・バダンテールは、ドウォーキンとマッキノンが言う「男性支配」の概念が、女性の抑圧の根源は男性性や男性のセクシュアリティだという論理を導き、女性を犠牲者として描くきらいがあると批判し、極端すぎて女性を笑いものにするとまで述べた。イヴ・セジウィックも、ラディカル・フェミニズムはジェンダーやセクシュアリティの意味が変化してきたことを否定しがちだとして、ドウォーキンをその代表格に挙げている。その一方で、共感や支持を寄せる人も少なくなかった。
著書には、自伝『ドウォーキン自伝』(日本版は2003年)、『女たちの生と死』(1998年)、小説『贖い』(1993年)、マッキノンとの共著『ポルノグラフィと性差別』(2002年)がある。極端な肥満のため、晩年は変形性膝関節症や血栓などの病気に悩まされた。2005年4月9日、ワシントンD.C.の自宅で睡眠中に心筋炎のため亡くなった。58歳だった。
同じ年に亡くなった人物
- マリア・フェイルダーハ (2005年没)
- ポリーナ・アスタホワ (2005年没)
- ジョン・T・ウォルトン (2005年没)
- ウラジーミル・トポロフ (2005年没)
- ラクシュマン・カディルガマン (2005年没)
同じ地域に関係する人物
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- ムスタファ・バルザーニ (1979年没)
- レッドフィールド・プロクター (1908年没)
- ジェームズ・H・ビリントン (2018年没)
- ウィリアム・ドノバン (1959年没)