伝記
ジェリー・ゴールドスミスは、1929年2月10日にアメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれた作曲家である。ジェリーは愛称を筆名としたもので、本名はジェラルドという。父は建築技師、母は教師で、祖父母はヨーロッパからのユダヤ系移民だった。6歳でピアノを始め、11歳のころに本気で取り組むようになった。13歳でジェイコブ・ギンペルにピアノを個人的に習い、16歳までにはマリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコについて理論と対位法を学んだ。テデスコはヘンリー・マンシーニやジョン・ウィリアムズらの師でもあった。
最初はピアニストを志したが、のちに作曲へ関心が向かった。16歳のとき、映画『白い恐怖』を観て、ミクロス・ローザの型にはまらない音楽に感銘を受け、映画音楽の道を志した。南カリフォルニア大学でローザの講義を聴講したが、より実践的な音楽課程を求めてロサンゼルス・シティー・カレッジに移り、歌手の指導や合唱の補助、ピアノ伴奏、副指揮者などの仕事を経験した。1950年にCBSの音楽部門に事務員兼タイピストとして入り、社員の持ち回りで作るラジオ番組の音楽を担当することになった。結婚したばかりで仕事が必要だったため、仲間の力添えでタイプの試験を偽装してもらったと、本人は回想している。半年ほどで才能が認められ、正式に採用された。ラジオドラマから料理番組まで、放送用の音楽を書き、アルフレッド・ニューマンの推薦などもあって、1950年代半ばからテレビや映画の音楽を書き始めた。生放送のテレビ番組の音楽も担当し、1960年までCBSに在籍した。
映画の第1作は1957年の西部劇で、1962年の西部劇の繊細な音楽で広く名が知られるようになり、同じ年、精神分析学者フロイトを描いた作品の音楽で、初めてアカデミー賞にノミネートされた。以後、生涯に170作を超える映画を手がけ、アカデミー賞に18回ノミネートされて、『オーメン』で受賞した。エミー賞も5回受賞している。『猿の惑星』ではステンレスの料理用ボウルを楽器に使い、『スタートレック』では金属パイプで金属の弦を叩くブラスタービームという楽器を採り入れ、早い時期からシンセサイザーも用いるなど、ユニークな音を試みた。アクションやサスペンスの緊迫した場面に効果的な音楽をつける手腕に優れ、『パピヨン』が好例であるように、旋律の作り手でもあった。ドラマとは無関係に主題歌を押しつける風潮に抗い、劇伴に徹して、地味ながらも確固たる個性を音楽に映した。
監督のフランクリン・J・シャフナー、ジョー・ダンテらの作品を多く手がけ、マイケル・クライトンの作品なら無条件で引き受けると語った。『エイリアン』では監督との意思疎通がうまくいかず、作曲した音楽が使われなかったり、意図と異なる使い方をされたりして、遺恨が残った。映画音楽のほかに管弦楽曲やディズニーランドのアトラクションの音楽も書いた。日本では1998年と2000年に、神奈川フィルハーモニー管弦楽団を自ら指揮してコンサートを開いた。2004年7月21日早朝、ロサンゼルスの自宅で肝臓癌のため75歳で亡くなった。息子のジョエルも作曲家である。
同じ年に亡くなった人物
- レノックス・ミラー (2004年没)
- ハインツ・ギュンター・グデーリアン (2004年没)
- ジョーン・エイケン (2004年没)
- Nasiba Zeynalova (2004年没)
- レナータ・テバルディ (2004年没)
同じ地域に関係する人物
- William Dally (1996年没)
- エド・マクマホン (2009年没)
- ライル・メイズ (2020年没)
- ジョシュ・ライアン・エヴァンス (2002年没)
- フォレスト・タッカー (1986年没)