伝記
ジム・バーニーは、1949年6月15日にケンタッキー州レキシントンで生まれ、2000年2月10日に没したアメリカ合衆国の俳優、声優、コメディアンである。本名はジェームズ・アルバート・バーニー・ジュニアで、父は同名のジェームズ・アルバート・バーニー、母はナンシー・ルイーズ(旧姓ハワード)という。「アーネスト・P・ウォレル」という役で知られる。
子供のころから、長い詩や本の内容を暗記し、家族や友人を楽しませる才能があった。母がテレビで漫画を見せていたところ、息子がすぐに登場人物のまねを始めたことに気づき、8歳のときに児童劇団に入れたという。10代で演劇に興味を持ち、レキシントンのラファイエット高校の在学中には、演劇の競技会で州の賞を取った。15歳でエベネーザ・スクルージ役を地元の劇場で演じ、17歳のときにはナイトクラブや喫茶店でプロとして出演していた。1970年代にはバージニア州アビンドンのバーター劇場でシェイクスピアを学び、テネシー州のオプリーランドの民謡ショーにも開園初年から出た。24歳のころはケンタッキー州ダンビルのパイオニア・プレイハウスの俳優で、西部開拓時代風の村の見学を前に、見習いの若者たちをナイフを木に投げて楽しませたという。恩師のテルマ・ビーラーを、俳優になる上での導き手として挙げている。
アーネストで有名になる前から、すでに俳優としての経歴があった。1976年にはテレビ番組「ジョニー・キャッシュと仲間たち」のレギュラーとなり、1977年から翌年には、トーク番組のパロディにゲストとして繰り返し出演した。1977年から1979年は、テレビ版「ペチコート作戦」の、あだ名がドゥーム・アンド・グルームという水兵の役を演じ、1978年にはテレビ番組「アリス」でミロ・スキナー役を務めた。
最もよく知られた登場人物がアーネスト・P・ウォレルである。カメラに向かって友人に語りかけるように話し、決まり文句で知られた。1980年に、ケンタッキー州ボウリング・グリーン近郊の遊園地に、ダラス・カウボーイズ・チアリーダーズが来ることを告げる最初のコマーシャルに登場した。この役は各地で使われ、特に乳製品の会社が宣伝に起用した。ほかにも、同じ広告代理店のために、乳牛を怒鳴りつけて良い牛乳を出させようとする、まじめくさった訓練教官の軍曹を作り出した。アーネストはのちに映画やテレビに展開し、5作の劇場用映画と4作のビデオ映画が作られた。1989年には、この役でデイタイム・エミー賞の子供番組部門の演技賞を受けた。
1993年の映画『ビバリーヒルビリーズ/じゃじゃ馬億万長者』ではジェド・クランペットを演じた。声優としては、『トイ・ストーリー』と『トイ・ストーリー2』でスリンキー・ドッグの声を担当し、『ヘラクレス』ではエフィアルテス王、『アトランティス 失われた帝国』ではクッキーの声を務めた。かなりの愛煙家として知られた。1998年に映画の撮影中に咳が出るようになり、やがて吐血するまで悪化した。肺がんと診断され、たばこをやめて化学療法を受けたが、治療は難航し、2000年2月10日に自宅で50歳の生涯を終えた。
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