HISTORICAL PERSON · 2000年没

クレア・トレヴァー

アメリカの女優。西部劇やハードボイルド映画で活躍し、1948年の『キー・ラーゴ』でアカデミー助演女優賞を獲得した。

生涯
2000年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ニューポート・ビーチ)
出生地
アメリカ合衆国(ベンソンハースト地区)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

クレア・トレヴァーは、1910年3月8日に生まれ、2000年4月8日にカリフォルニア州ニューポート・ビーチで没したアメリカ合衆国の女優である。ニューヨーク市ブルックリン区の出身で、本名はクレア・ウェムリンガーといい、ブルックリンのベンソンハースト地区で生まれたとされる。両親はアイルランド系とフランス系のアメリカ人で、父は紳士服の卸問屋を営んでいた。

コロンビア大学で演技を学んだのち、ブロードウェイの舞台に立った。演劇の世界から出て、1932年に映画デビューした。以後、主にB級映画のヒロインを務めることが多く、西部劇やハードボイルドの映画によく出て、ジョン・ウェイン、ウィリアム・ホールデン、クラーク・ゲーブルといった俳優の相手役を務めた。1930年代には年に何本もの映画に出演し、1937年にウィリアム・ワイラー監督の『デッドエンド』でフランシー役を演じて注目を集めた。この作品で、1938年のアカデミー助演女優賞にノミネートされている。

最も印象的な役とされるのは、1939年のジョン・フォード監督作『駅馬車』で演じた娼婦のダラスである。1940年代には、ほかにエドワード・ドミトリク監督、ロバート・ワイズ監督、アンソニー・マン監督の作品にも出た。1948年には野球選手ベーブ・ルースの伝記映画でクレア・ルース役を演じ、同じ年のジョン・ヒューストン監督の『キー・ラーゴ』ではゲイ・ドーン役を演じた。この演技で、翌1949年にアカデミー助演女優賞を獲得した。1954年にはウィリアム・ウェルマン監督の『紅の翼』でメイ・ホルスト役を演じ、再び同賞の候補になった。1956年にはエドワード・ドミトリク監督、スペンサー・トレイシー共演の映画に出演し、1965年にはリチャード・クワイン監督の作品に、1982年にはロバート・マリガン監督の作品にも出ている。

映画だけでなく、舞台、ラジオ、テレビなどでも活動し、70年間にわたって活躍したとされる。1956年にはテレビシリーズの『ドッズワース』でエミー賞を受けた。カリフォルニア大学アーバイン校には、彼女の貢献をたたえて、その名を冠した芸術スクールがある。

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