伝記
イズラエル・カアノイ・カマカヴィヴォオレは、1959年5月20日にハワイのホノルルで生まれた歌手である。通称はイズで、日本ではイスラエル・カマカウィオ・オレなどとも表記される。ハワイがアメリカの州になる約3か月前、まだ準州時代の末期に、ホノルルのクアキニ病院で生まれた。父ヘンリーは一部ハワイ人の血を引いてオアフ島で生まれ、母エヴァンジェリンはニイハウ島の生まれのハワイ人で、彼は3番目の子だった。姓は「恐れを知らぬ目」を意味するといい、ニイハウ島はいまも最もハワイ的な島とされ、彼はその血筋を色濃く受け継ぐほぼ純血のハワイ人だった。少年期はホノルル近郊のカイムキで過ごし、11歳のときに兄のスキッピーとともに音楽活動を始めた。10歳のころからウクレレを手に舞台へ呼ばれ、年長の音楽家たちは彼を「ウクレレの少年」と呼んで何か特別な存在だと見ていたという。
のちにオアフ島西岸のワイアナエ海岸地方へ移り、マカハで仲間と出会って、1976年に兄とともにバンド「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」に加わった。このバンドは1980年代にかけて活動して人気を博し、21枚のアルバムを録音して、ホク賞など多くの賞を受けたとされる。しかし1982年、兄のスキッピーが心臓発作で亡くなった。
1990年に初のソロアルバム『カアノイ』を出し、1993年にプロデューサーのジョン・デ・メロの手で発表した『フェイシング・フューチャー』のヒットでハワイ以外でも広く知られるようになった。続いて1995年に『エ・アラ・エ』、1996年に『エヌ・ディス・ライフ』を出し、後者は1997年にワールドミュージックのアルバム・チャートに39週とどまったと伝えられる。『フェイシング・フューチャー』は声を中心に据えた制作が成功し、このアルバムはハワイ音楽で世界最大の売れ行きとされ、2002年にはハワイのレーベルとして初めてアメリカレコード協会の金賞に認定され、2005年には100万枚以上の売り上げで白金賞を得た。収録された「虹の彼方に/この素晴らしき世界」は、国内外の多くの映画やテレビ番組、広告で使われている。ハワイ独立を支持し、先住民の権利を守る立場を隠さなかったとされ、日本では1995年8月に、曙、武蔵丸、小錦というハワイ出身の力士を歌い込んだ「天国から雷」がラジオ番組で紹介された。
1997年6月26日午前0時18分、肥満が原因で妻のマレーネと一人娘を残して世を去った。340キロを超える巨体から響く美しい歌声で知られた。7月10日の葬儀の日にはハワイ州旗が半旗となり、平日にもかかわらず1万人以上が集まったとされる。遺骨はハワイの海に散骨され、その様子は「虹の彼方に」のミュージックビデオにも使われた。
死後も「虹の彼方に」は人気が衰えず、映画『小説家を見つけたら』(2000年)のエンディングや、テレビドラマ『ER緊急救命室』でマーク・グリーン医師がハワイで息を引き取る場面にも使われて大きな反響を呼んだ。ビルボードが2010年に創設したワールドミュージックの配信曲チャートでは、この曲が最初に第1位となり、累計371週にわたって首位に立ち、2012年4月までには116週連続で首位を保つ記録も残した。
同じ年に亡くなった人物
- ルイジ・ヴィロレーシ (1997年没)
- ヴィットーリオ・ムッソリーニ (1997年没)
- レオ・ロステン (1997年没)
- ウィリアム・アランド (1997年没)
- アルフレッド・ハーシー (1997年没)
同じ地域に関係する人物
- カメハメハ5世 (1872年没)
- トシオ・ナカヤマ (2007年没)
- チャールズ・リンドバーグ (1974年没)
- カメハメハ3世 (1854年没)
- アール・ボーエン (2023年没)