伝記
ジェシカ・タンディは、本名ジェシー・アリス・タンディといい、1909年6月7日、ロンドンのハックニーに生まれた女優である。のちにイギリスとアメリカの両国で活動した。3人きょうだいの末っ子で、父ハリーはロープ製造会社の巡回販売員、母ジェシー・ヘレンは、ケンブリッジシャーのウィズビーチの大家族の出で、障害児の学校の校長だった。ロンドンのイズリントンにある女学校で学んだ。12歳のときに父が亡くなり、母は夜間の講座で教えて、生計を立てた。兄のエドワードは、のちにアジアで日本軍の捕虜となった。
1927年、18歳のとき、ロンドンの舞台でプロとしてデビューした。1930年代には、ロンドンのウエスト・エンドの多くの舞台に出演し、ジョン・ギールグッドの演じる名高いハムレットの相手役のオフィーリアや、ローレンス・オリヴィエの演じるヘンリー5世の相手役のキャサリンを演じた。1932年に、俳優のジャック・ホーキンスと結婚し、娘スーザンをもうけた。娘は、のちに女優となった。ロンドンの主演女優だったころは、ペギー・アシュクロフトとセリア・ジョンソンの二人のライバルと、役を争った。イギリスで映画にも出たが、ホーキンスとの結婚が破綻すると、もっとよい役を求めて、アメリカへ移った。1942年に、カナダ出身の俳優ヒューム・クローニンと再婚した。ラジオにも出演し、クローニンとは、1953年から翌年にかけて、ラジオの番組に出て、のちにテレビ番組にもなった。
アメリカでの映画初出演は、1944年の『第七の十字架』で、クローニンとともに出演した。『愛の決断』『育ちゆく年』『呪われた城』『永遠のアンバー』などで脇役を演じた。以後の30年ほどは、映画の仕事は散発的で、舞台でよい役を見つけた。1950年代の『砂漠の鬼将軍』では、ジェームズ・メイスンと共演した。1963年のヒッチコック監督の『鳥』では、高圧的な母を演じた。1947年のブロードウェイで、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』の最初の上演に、ブランチ役で出演し、1948年のトニー賞を受賞した。映画ではヴィヴィアン・リーに役を取られ、その後は舞台に集中した。1977年には、クローニンと出演した『ジン・ゲーム』で、2度目のトニー賞を、1982年には『フォックスファイア』で、3度目のトニー賞を受賞した。
1980年代のはじめから、映画での活躍が再び盛んになった。『ガープの世界』『結婚しない族』『ボストニアン』などで、性格俳優として存在感を示した。クローニンとの共演も増え、『コクーン』(1985年)や『ニューヨーク東8番街の奇跡』(1987年)に出演した。1989年の『ドライビング・ミス・デイジー』では、年老いた頑固な南部のユダヤ系の女性を演じて、80歳で、アカデミー主演女優賞の最高齢の受賞者となった。1991年の『フライド・グリーン・トマト』では、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。最後の出演は、84歳のときの『ノーバディーズ・フール』(1994年)だった。生涯に100以上の舞台に立ち、映画やテレビで60以上の役を演じ、アカデミー賞、4度のトニー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、エミー賞を受けた。1994年9月11日に、卵巣癌で亡くなった。
同じ年に亡くなった人物
- バールーフ・ゴールドシュテイン (1994年没)
- フアン・アロンソ (スペインのサッカー選手) (1994年没)
- マリオ・ブレガ (1994年没)
- ギャーニー・ジャイル・シン (1994年没)
- Alfredo Perez (1994年没)
同じ地域に関係する人物
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- チャールズ・グローディン (2021年没)
- イズラエル・パットナム (1790年没)
- ヘンリー・A・ウォレス (1965年没)
- ポール・ド・マン (1983年没)