HISTORICAL PERSON · 1992年没

ベニー・ヒル

イギリスのコメディアン・俳優。1969年から1989年に出演したテレビシリーズ『ベニー・ヒル・ショー』で一世を風靡した。

生涯
1992年没
死亡地
イギリス連邦(リッチモンド・アポン・テムズ区 / テディントン)
出生地
イギリス連邦(サウサンプトン)
出典
世界地図
イギリス連邦(リッチモンド・アポン・テムズ区)

伝記

ベニー・ヒルは、イギリスのコメディアン、俳優である。本名はアルフレッド・ホーソーン・ヒルで、1924年1月21日にイングランド南部のサウサンプトンで生まれた。ただし出生年は1925年ともいわれる。父アルフレッドは外科用器具を扱う店の経営者で、祖父ヘンリーとともにサーカスの道化師を務めた経歴があった。母はヘレンという。

サウサンプトンのトーントンズ・スクールを出たあと、ウールワースのイーストリー支店で働き、牛乳配達、橋の操作員、運転手、ドラマーなどの職を経て、巡業レビューの助手舞台監督になった。1942年に召集され、陸軍の電気機械工兵隊で整備兵としての訓練を受けた。1944年9月以降はノルマンディーで整備兵、トラック運転手、探照灯の操作員として従軍し、終戦前に統合軍慰問部門へ移った。音楽ホールの人気コメディアンに憧れて芸能界での成功を志し、好きだった喜劇人ジャック・ベニーにちなんで「ベニー」の名を名乗るようになった。

戦後はラジオの芸人として活動し、1947年10月5日に番組『ヴァラエティ・バンドボックス』でデビューした。初めての劇場の仕事は、レグ・ヴァーニーの相手役で、当時まだ無名だったピーター・セラーズを抑えてこの役を得たという。テレビへの初出演は1949年である。1950年代初めにはBBCのバラエティ番組にゲスト出演して風刺的なコントを磨き、1954年にはテレビ人気者に選ばれた。1962年から1963年には、回ごとに別の人物を演じるコメディ連作『ベニー・ヒル』に主演し、1964年にはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』のテレビ映画でボトム役を演じた。同じ1964年から1966年にはBBCラジオで『ベニー・ヒル・タイム』も三シリーズ続けた。

代表作は1955年に始まった『ベニー・ヒル・ショー』で、1989年5月1日までBBCとITVで放送された。音楽ホールに由来する形式で、舞台での生の演芸と撮影したコントを組み合わせ、ドタバタ、きわどい言葉遊び、パロディを芸の柱とした。フレッド・スカトルなど自作の人物も演じ、パトリシア・ヘイズ、ジェレミー・ホーク、小柄で頭の禿げたジャッキー・ライトらが共演した。1950年代初めから1960年代初めまでは、デイヴ・フリーマンが共同の書き手だった。1971年には視聴者が2,100万人を超え、番組は100を超える国へ輸出された。英国映画協会は、その人気の背景に、言葉の壁を越える視覚的な笑いがあると見ている。

録音では、1971年のクリスマス・シングル首位となった「アーニー(西部一速い牛乳屋)」が知られ、1972年にアイヴァー・ノヴェロ賞を受けた。映画にも出演し、イーリング・コメディの1956年作品、『素晴らしきヒコーキ野郎』(1965年)、『チキ・チキ・バン・バン』(1968年)ではおもちゃ屋の役、『ミニミニ大作戦』(1969年)ではピーチ教授の役を演じた。英国アカデミー賞テレビ部門の脚本家賞とローズ・ドール賞も受け、エミー賞のバラエティ部門には二度候補に挙がった。英国映画協会は彼を、テレビを通じて名声を得た最初のイギリスのコメディアンで、40年以上にわたる大スターと呼んでいる。作家アンソニー・バージェスは1990年に彼を、イギリスの音楽ホール伝統に根ざした喜劇の天才と評した。2006年にはイギリスの視聴者投票で、ITVの「テレビの偉大なスター50人」の17位に選ばれた。1992年4月に世を去った。没日は4月18日とも20日ともいわれる。

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