HISTORICAL PERSON · 1984年没

スタンレー・ミルグラム

アメリカの心理学者。権威への服従を調べたミルグラム実験やスモール・ワールド現象の研究で知られ、20世紀の最も重要な心理学者の一人とされる。

生涯
1984年没
死亡地
アメリカ合衆国(ニューヨーク州 / マンハッタン区)
出生地
アメリカ合衆国(ブロンクス区)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(ニューヨーク州)

伝記

スタンレー・ミルグラムは、1933年8月15日にニューヨークのブロンクスで、ユダヤ系の両親のもと、3人きょうだいの2番目として生まれたアメリカの心理学者である。両親は、第一次世界大戦中にルーマニアとハンガリーからそれぞれ移民してきた。父サミュエルはパン屋で、一家にささやかな収入をもたらし、1953年に亡くなったあとは母がパン屋を継いだ。ミルグラムの身内や親族は、ホロコーストの影響を受けた。戦後、強制収容所を生き延び、入れ墨のある親戚が、しばらくニューヨークの彼の家に身を寄せたという。1946年、13歳の成人式の演説では、ヨーロッパのユダヤ人の苦難と、世界のユダヤ人に及ぶ影響を取り上げた。のちに友人へ、自分は1922年にプラハのドイツ語を話すユダヤ人社会に生まれ、20年ほどのちにガス室で死ぬはずだった、どうしてブロンクスの病院で生まれたのか、自分にもわからない、と書き送っている。

ブロンクスのジェームズ・モンロー高校では、のちにスタンフォード監獄実験で知られる心理学者フィリップ・ジンバルドーと同級生だった。大学進学のころには、一家は近くのクイーンズに移っており、クイーンズ・カレッジを1954年に卒業して、政治学の学士号を得た。心理学を専攻したわけではなかった。ハーバード大学の社会心理学の博士課程を志したが、学部で心理学の授業を取っていないため、最初は不合格とされた。1954年に心理学の短期の講座を受けて、結局ハーバードに受け入れられ、ゴードン・オールポートらの影響を受けた。1960年に社会心理学の博士号を取得した。博士論文の指導を受けたのは、ソロモン・アッシュである。

1960年の秋、イェール大学の助教授になり、ここで有名な権威への服従の実験を行った。実験はイェール大学の地下室で1961年に行われ、エルサレムでアイヒマンの裁判が始まって3か月後のことだった。ミルグラムは、ホロコーストが起きた仕組みを理解するために、この実験を行った。予想に反して、被験者の非常に高い割合が、ためらいながらも、他人を傷つける指示に従った。1963年に「服従の行動研究」を発表すると、論争が噴出した。その業績の倫理性への疑念から、アメリカ心理学会は、彼の入会申し込みを退けた。1974年に著書『権威に対する服従』(邦訳『服従の心理』)を出版し、同年、アメリカ科学振興協会から社会心理学賞を受賞した。この考えを、ベトナム戦争のソンミ村の虐殺の説明にも用いた。1976年には、服従実験を描いた映画が放送され、本人も相談役になった。

1967年には、スモール・ワールド実験を行った。世界中から無作為に選んだ2人が、知人のネットワークを通じて、平均6ステップでつながるという、六次の隔たりの概念は、この実験から派生した。数多くの手紙を、無作為に選んだ人々に送るというもので、今日のソーシャル・ネットワーキング・サービスにも通じる発想である。1963年から1966年まで、ハーバードの社会関係学科の助教授を務め、のちニューヨーク市立大学大学院センターの教授となり、没するまでそこで教えた。20世紀で最も重要な心理学者の一人に数えられる。1984年12月20日、生まれ故郷のニューヨークで、心臓発作のため51歳で亡くなった。2004年には、トーマス・ブラスによる伝記が出版された。

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