伝記
ハルダン・ケファー・ハートラインは、1903年12月22日に生まれ、1983年3月17日に没したアメリカ合衆国の生理学者である。視覚の神経生理学的なメカニズムを分析した研究で、ラグナー・グラニト、ジョージ・ワルドとともに1967年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。ペンシルベニア州のブルームズバーグに生まれ、メリーランド州のフォールストンで没したとされる。
ペンシルベニア州イーストンのラファイエット大学で学部の課程を学び、1923年に卒業した。その後、全米研究評議会の研究員としてジョンズ・ホプキンス大学の医学部に移り、網膜の電気生理学の研究を始めて、1927年に医学の学位を得た。ペンシルベニア大学のエルドリッジ・ジョンソン財団の巡回研究員として、ライプツィヒ大学とミュンヘン大学で研究したあと、アメリカへ戻り、ペンシルベニア大学の医学物理学の財団で職を得た。当時の財団を率いていたのは、デトレフ・ブロンクである。1940年から1941年にはニューヨークのコーネル大学医学部で生理学の准教授を務めたが、再びペンシルベニア大学に戻って1949年までとどまった。同年、ジョンズ・ホプキンス大学の生物物理学の教授となり、学科の長も務めた。このころの大学院生には、のちにノーベル賞を受賞するポール・グリーンガードがいる。1953年にはニューヨークのロックフェラー大学に移り、神経生理学の教授となった。ウッズホール海洋生物学研究所の研究者の一人でもあった。
研究では、節足動物、脊椎動物、軟体動物などの網膜の電気的な応答を調べた。これらの動物の視覚は人間のものより単純で、研究しやすいからである。とくにカブトガニの目を用いて、多くの実験を行った。小さな電極を使い、光で刺激された受容細胞につながる一本の視神経繊維が送る電気的な信号を、初めて記録した。目の中の光受容細胞は連携していて、一つの細胞が刺激を受けると、その近くの細胞の活動が抑えられることを発見した。この側抑制によって、光の模様のコントラストが強められ、形の認識が鋭くなる。個々の光受容細胞や網膜上の視神経繊維の働きを詳しく調べ、単純な網膜のしくみが、視覚情報を統合する重要な段階をなしていることを示した。
1948年にアメリカ科学アカデミーの会員に選ばれ、1952年にアメリカ哲学協会、1957年にアメリカ芸術科学アカデミーの会員になった。1966年には王立協会の外国人会員に選ばれ、1967年にノーベル賞を受賞した。1936年にエリザベス・クラウスと結婚し、3人の息子がいる。
同じ年に亡くなった人物
- ヴァルター・ネーリング (1983年没)
- ヴィクター・ターナー (1983年没)
- ヤニス・イヴァノフス (1983年没)
- ハーマン・カーン (1983年没)
- ウィリアム・ウォルトン (1983年没)
同じ地域に関係する人物
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- キャサリン・アン・ポーター (1980年没)
- ジャック・ケンプ (2009年没)
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