伝記
テネシー・ウィリアムズは、1911年3月26日、アメリカ合衆国ミシシッピ州コロンバスに生まれた劇作家である。本名はトマス・レイニア・ウィリアムズで、愛称の「テネシー」は、その南部訛りからセントルイスの学友につけられた。牧師の祖父、音楽教師の祖母、両親、姉弟とともに、祖父の牧師館で育った。靴のセールスマンだった父コーネリアスは留守が多く、粗野で暴力的で、酒と賭博を好み、病気がちでひ弱なテネシーに失望していた。幼いころにジフテリアにかかって、1年間学校を休み、本に囲まれた内気な少年になった。母エドウィナは神経質でヒステリックな人だったが、優しい黒人の乳母が毎夜おとぎ話を聞かせてくれた。2歳違いの姉ローズとは大の仲良しで、双子と間違われるほどだった。
7、8歳のころ、父の仕事の関係でミズーリ州セントルイスへ移り、南部の穏やかな暮らしから、工業都市のアパート暮らしに一変した。新しい環境になじめず、友人もなく、家で過ごす日々が続いた。この環境の変化と、それに苦悶する人々は、のちの作品によく現れるモチーフとなった。16歳のころ、雑誌に載せた作文で賞金5ドルを得たのを皮切りに、書くことで生きる道を探した。ミズーリ大学を経て、ワシントン大学に1年通い、1938年にアイオワ大学を卒業した。父に靴工場で働かされ、酒に溺れて療養所に入れられたこともあった。26歳のころ、ナッシュヴィルで過ごした幸福な2年間にちなんで、「テネシー」の名を選んだという。
家庭の問題の中で、姉ローズの存在はもっとも大きかった。ローズは若いころから統合失調症の症状があり、精神病院で生涯の大半を過ごした。両親は、彼女のロボトミー手術に同意し、これでローズは生涯の能力を失った。ウィリアムズは両親を許さず、姉を救えなかった自分自身の罪の意識にも苦しんだ。作品の登場人物には、家族に対する抗議と見られるものが多い。1944年に最初の本格的な戯曲『ガラスの動物園』を書き、これが劇場で大成功を収めて、作家としての道が開けた。ローラ・ウィングフィールドは姉ローズを、母親のアマンダは母エドウィナをモデルにしたとされる。1948年には『欲望という名の電車』で、1955年には『熱いトタン屋根の猫』で、ピューリツァー賞を受賞した。ほかに『夏と煙』『薔薇の刺青』『地獄のオルフェウス』『去年の夏 突然に』『イグアナの夜』などがある。生涯に約60の戯曲と2冊の詩集を出版した。
ゲイとして知られ、秘書のフランク・マーロとは、1947年の出会いから、マーロが癌で亡くなる1963年まで関係が続いた。1979年1月には、フロリダ州キー・ウェストで、ヘイトクライムの犠牲者として5人の10代の少年に殴打された。1956年にニューヨークの路上で三島由紀夫と出会って以来、親交をもち、数回来日した。ジャクソン・ポロックの死をきっかけに書かれた『男が死ぬ日』は三島に捧げられ、「西洋能」という副題が付けられた。
晩年は、死や孤独への恐怖からアルコールとドラッグが手放せなくなった。1983年2月25日、ニューヨークのホテルで、目薬か点鼻薬のキャップを喉に詰まらせて窒息死した。弟のデーキンらは、殺害だと信じている。遺書には、ハート・クレインが亡くなったカリブ海に散骨してほしいと書かれていたが、弟の判断で、母が眠るセントルイスのカルヴァリー墓地に埋葬された。墓石には、『カミノ・レアル』の一節が刻まれている。
同じ年に亡くなった人物
- ピエロ・スラッファ (1983年没)
- ポール・フィックス (俳優) (1983年没)
- トム・エヴァンズ (ミュージシャン) (1983年没)
- エリザベス・ラッチェンス (1983年没)
- Ake Andersson (1983年没)
同じ地域に関係する人物
- ラリー・リヴァーズ (2002年没)
- Amanda Jones (1914年没)
- エドワード・リヴィングストン (1836年没)
- ブルック・アスター (2007年没)
- パトリック・オニール (1994年没)