伝記
アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティは、旧姓をミラーといい、1890年9月15日にイギリス南西部デヴォンシャーの保養地トーキーで生まれた推理作家である。資産家の父フレデリック・アルヴァ・ミラーと、陸軍士官の娘だった母クララの次女で、3人きょうだいの末っ子だった。10歳近く年の離れた姉と兄は寄宿学校や軍にいたため、幼いころはもっぱら両親や使用人と過ごした。父はアメリカ人の事業家であったが商才に乏しく、祖父の遺産を投資家に預け、自身は働かずに暮らしていた。母は父の従妹で、少々変わった価値観を持つ人として知られていたという。
アガサは兄や姉のように正規の学校に通うことを許されず、母から直接教育を受けた。母は「7歳になるまでは字が書けない方が良い」と信じており、アガサに字を教えなかったため、識字は同年代より遅れた。字を覚えた後も独特の癖が残り、現存する子供時代の手紙にはつづりの間違いが多い。友人のいない彼女は使用人やメイドと遊び、庭で空想上の友人と過ごして内気な少女に育ったが、父の書斎で多くの本を読んで教養を深めた。一時フランスに移った際には、礼儀作法を教える私学校で演劇や音楽を学び、16歳のときにはオペラ歌手を目指してパリの音楽学校に入ったが、すぐに退学した。1901年11月に父が肺炎と腎臓病で亡くなっている。
1909年、初の長編小説『砂漠の雪』を書き、隣家の作家イーデン・フィルポッツの指導を受けた。1914年にアーチボルド・クリスティ大尉と結婚し、1919年に娘ロザリンドを産んだ。第一次世界大戦中は薬剤師の助手として働き、そこで毒薬の知識を得たという。数々の出版社で不採用にされたのち、1920年に『スタイルズ荘の怪事件』を出版して作家としてデビューし、この作品で名探偵エルキュール・ポアロが初めて登場した。1926年の『アクロイド殺し』は、大胆なトリックと意外な真犯人をめぐり、フェアかアンフェアかの大論争を読者のあいだに起こして、彼女を一躍有名にした。
しかし同じ1926年には母が死去し、夫には恋人がいたことも知って傷ついていた。12月3日、アガサは自宅を出たまま行方不明となった。警察は自発的な失踪として探しつつ事件の可能性も視野に入れて捜査し、報道で知った大衆から多数の目撃情報が寄せられた。11日後、保養地ハロゲイトのホテルに、夫の愛人の名からとった別名で泊まっているところを家族に確認されて保護された。理由には諸説あり、彼女は自伝でこの件に触れていない。1928年にアーチボルドと離婚し、1930年の中東旅行で出会った14歳年下の考古学者マックス・マローワンと、同年9月に再婚した。
その後もポアロやミス・マープルの作品を書き続け、1952年には戯曲『ねずみとり』が上演を始めて、演劇史上最長のロングラン記録を築いた。1955年にMWA賞巨匠賞を受け、1971年には大英帝国勲章第2位に叙されてデイムとなった。1973年の作品が最後のミステリーとなり、1976年1月12日、静養先のウォリングフォードの自宅で、高齢のため風邪をこじらせて死去した。85歳であった。遺骸はチョルシーのセント・メアリ教会の墓地に葬られた。
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