HISTORICAL PERSON · 1971年没

テオドール・スヴェドベリ

スウェーデンの化学者。タンパク質などのコロイド溶液を研究し、遠心分離で分子量を測定して1926年にノーベル化学賞を受けた。

生涯
1971年没
死亡地
スウェーデン王国(エレブルー県 / エレブルー)
出生地
スウェーデン王国(Valbo church parish)
出典
世界地図
スウェーデン王国(エレブルー県)

伝記

テオドール・スヴェドベリは、1884年8月30日にスウェーデンのヴァルボで、アウグスタ・アルステルマルクとエリアス・スヴェドベリの子として生まれた化学者である。幼いころから植物学などの科学に親しみ、グラマー・スクール時代には、一人で実験室での研究を行い、科学の実演もしていた。学校はシェーピングの学校、エレブルーの高等学校、イェーテボリの近代学校で学んだ。1904年にウプサラ大学で化学の勉強を始め、1905年に学士、1907年に修士、1908年に博士の学位を得た。学位を取る前の1905年には大学の助手として研究者の経歴を始め、1907年に化学の講師となり、1912年には物理化学の教授となって、1949年までウプサラ大学に在籍した。1920年代の初めには、ウィスコンシン大学でも一時期教えている。

主としてコロイド溶液、特にタンパク質などの高分子のコロイド溶液の性質を研究した。コロイドを扱った彼の仕事は、アインシュタインとポーランドの物理学者マリアン・スモルホフスキーが唱えたブラウン運動の理論を裏づけるものであった。この研究の中で、彼は分析用超遠心機の技術を開発し、純粋なタンパク質どうしを区別するのに役立つことを示した。遠心分離によってタンパク質の分子量を測定してもいる。これらの分散系に関する研究により、1926年にノーベル化学賞を受賞した。ゴムの合成を最初期に研究した一人でもあり、ポリオのワクチンに関する仕事もした。

1949年にウプサラ大学を離れたのちは、グスタフ・ヴェルナー研究所の所長を1967年まで務めた。戦後はサイクロトロンを使って素粒子の研究にも取り組んだとされる。1944年に王立協会の外国人会員となり、翌1945年にはアメリカの国立科学アカデミーの会員になった。1941年にアメリカ哲学協会の国際会員に選ばれ、1948年には正会員になっている。1910年代から20年代にかけては、ウプサラ大学からビョルケン賞を三度受けた。超遠心機の研究で1949年には、フランクリン研究所からフランクリン・メダルを贈られた。10のマイナス13乗秒に当たる沈降係数の単位に彼の名がつけられ、ウプサラにある研究所や月のクレーターも、その名にちなんでいる。

私生活では四度結婚し、あわせて十二人の子をもうけた。ルーテル派の信者であった。1971年2月、スウェーデンのコッパルベリで亡くなった。

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