伝記
ウラジーミル・ヤコヴレヴィチ・プロップは、1895年4月29日、ロシア帝国の首都サンクトペテルブルクに、ドイツ系でロシア社会に同化した家庭の子として生まれたソビエト連邦の昔話研究家である。両親はヤコフ・フィリッポヴィチとアンナ=エリザヴェータ・フリードリホヴナで、サラトフ県の裕福なヴォルガ・ドイツ人の農民の出だった。1913年から1918年までペテルブルク大学でロシア語とドイツ語の文献学を専攻し、卒業後は中等学校でロシア語とドイツ語を教え、のちにはドイツ語の大学教員となった。
1928年に刊行した主著『昔話の形態学』は、昔話の分析で、基本的な構造の要素を取り出した画期的な仕事だった。たとえば、魔女や王様、動物など、昔話に登場する主人公は、誰であるかを問題にするかぎりほぼ無限に存在するが、彼らが何を行い、物語の中でどんな機能を果たしているかを分析すると、ごくわずかな項で分類できる。ロシア語で出た当時は全く反響を呼ばず、1958年に英訳が出るとそれが数多くの言語に翻訳されるようになり、現在では構造主義の先駆的な仕事とされる。レヴィ=ストロースやロラン・バルトに影響を与えた。1932年にレニングラード大学(旧ペテルブルク大学)の教員となり、1938年以降は民俗学講座の主任を務めた。講座がロシア文学講座に統合されたあとも、1970年に亡くなるまで教壇に立ち続けた。
プロップは、アファナーシエフが集めた百の昔話を分析し、ロシアの魔法昔話に典型的に現れる基本的な要素として、三十一の「機能」を見いだした。昔話は導入の状況が示されたのち、これらの機能が決まった順序で並ぶ。家族の一人が家を留守にする(不在)、主人公にあることを禁じる(禁止)、禁が破られる(侵犯)、敵が探りをいれる(探りだし)といった具合で、敵が家族の一人に害をもたらす(加害)ことで物語は動きだす。主人公は派遣されて家を後にし(出発)、試練を受けて魔法の手段や助手を授かり、敵と直接に戦う(闘い)。初めの不幸や欠落が取り除かれ(解決)、主人公は帰還して、迫害や追跡を逃れる。偽の主人公が不当な要求をしても、難題が解かれ、正体が暴かれて、敵は罰され、主人公は結婚して即位する。さらに、これらの機能は七つの行動領域、すなわち敵対者、贈与者、王女とその父、派遣者、主人公、偽の主人公などにまとめられる。この、事件とその順序に注目する分析は「統語的」と呼ばれ、物語の底にある型を二項対立で捉えるレヴィ=ストロース流の神話分析とは対照的である。
ほかの主な著作には、『魔法昔話の起源』(1946年)、『ロシアの叙事詩歌』(1955年–1958年)、『民衆の叙情歌』(1961年)、『ロシアの農耕祭礼』(1963年)がある。民間伝承についての論文集『口承文芸と現実』は1976年に出た。没後には『喜劇と笑いの諸問題』と、大学の講義をもとにした『ロシア昔話』が刊行された。プロップの成果は、収集した昔話の構造を分解して共通点を抽出して得られたものだが、この構造を型として具体的な出来事や人物を埋めていけば、誰でも比較的簡単にファンタジーのプロットを作れることが知られ、映画やライトノベル、ゲームシナリオなどの創作のハウツー本で紹介されることがある。1970年8月22日に没した。
同じ年に亡くなった人物
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