伝記
ローラ・インガルス・ワイルダーは、1867年2月7日にアメリカのウィスコンシン州西部の小村ペピンで生まれ、1957年2月10日にミズーリ州マンスフィールドで没した作家である。西部開拓期を生きた自らの生涯をふり返る八編の児童小説「小さな家」シリーズで知られ、のちにテレビドラマ『大草原の小さな家』となって、世界各国で人気を集めた。
インガルス夫妻の次女として生まれた。父チャールズは、1837年の恐慌で打撃を受けた家の息子で、新しい生活を求めて西部へ来た農民であった。正規の教育は受けていなかったが読書家で、開拓農家としては珍しく何冊も本を持ち、音楽と詩を愛した。生活が苦しいときも、詩集をローラへの誕生日の贈り物にしたという。母キャロラインは小学校の教師だった。ローラが生まれてからの数年間、一家は生活の安定を求めて中西部を転々とし、カンザス州の先住民居住区では、先住民と政府軍の衝突に翻弄されたという。4歳のときにペピンの森へ戻ると生活が落ち着き、7歳のときにミネソタ州ウォルナット・グローブ近郊のプラム・クリークのそばに移った。のちの「小さな家」シリーズの初期の物語には、このころの思い出が多く題材になっている。
1879年ごろ、父はホームステッド法に基づいて、ダコタ準州のデスメットに入植した。移住の翌年の記録的な寒さの冬は、のちに小説『長い冬』に克明に描かれた。移住生活のため定期的に学校へは通えなかったが、デスメットでようやく正式な教育を受け、15歳になると小学校で教壇に立った。洋裁店などの副業もして、家計を支えた。18歳のとき、28歳のアルマンゾ・ワイルダーと出会って結婚し、1年後には娘ローズが生まれた。ところが1888年、アルマンゾがジフテリアにかかって瀕死となり、一命は取りとめたが重い後遺症が残って、以後は杖をついて暮らした。翌年には生まれたばかりの息子が亡くなり、火災で住まいも失い、1890年ごろからの干ばつで農場は経営できなくなった。1894年、夫妻は残りの貯金をほぼ投じてミズーリ州マンスフィールドに農場を買い、移り住んだ。最初は丸太小屋に暮らして薪を売るなど苦しかったが、親族の支援もあってしだいに安定し、20年後には所有地を40エーカーから200エーカーへ広げた。
1911年、地元紙から頼まれて短い記事を寄せたのが評判となり、同紙の連載コラムニストに抜擢された。連載は十数年に及んだ。1929年に大恐慌が起きると、貯蓄の多くを投資で失ったとされる。そこで農業紙への寄稿の経験を生かして新しい作品を書こうと考えた。1924年に母が、1928年に姉メアリーが亡くなっており、その記憶を作品に残したいとも考えたといわれる。すでに文筆家だった娘ローズも応援した。第1作は出版社や娘の協力で大幅に改編され、『大きな森の小さな家』として1932年に刊行された。以後9年間に『この楽しき日々』(1943年)までの八編が出て、まもなくアメリカ児童文学の古典と見なされた。晩年の約25年間は、シリーズにまつわる講演などをして過ごした。1954年にアメリカ図書館協会が設けた児童文学賞には彼女の名が冠され、第1回の受賞者もローラ自身であった。この賞は2018年に別の名に改められた。
同じ年に亡くなった人物
- ラルフ・ベナツキー (1957年没)
- エリッヒ・フォン・シュトロハイム (1957年没)
- パーシー・ウインダム・ルイス (1957年没)
- ジョン・フォン・ノイマン (1957年没)
- アルフレート・デーブリーン (1957年没)
同じ地域に関係する人物
- ジャネット・デイリー (2013年没)
- ウィリアム・ギャス (2017年没)
- オーエン・ハート (1999年没)
- ダニエル・ブーン (1820年没)
- ジョン・ゴッティ (2002年没)