伝記
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは一八六一年、イングランド南東部ケント州ラムズゲートに生まれた。教員と国教会牧師を出す家系で、ドーセット州のシャーボン校に学び、一八八〇年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへ進んだ。同校では数学の講義だけを受けたとされる。学生として学び、後には教師として教え、一九一〇年までケンブリッジにとどまった。イギリスで活動した時期の専門は数学と論理学であり、自身も数学者と考えていた。バートランド・ラッセルとの共著『数学原理』は、この時期を代表する仕事である。
一九一一年にロンドン大学へ移り、一九一四年には同大学の理工学部に当たる機関で応用数学の教授となった。数学の論理的基礎や科学の考え方を扱う著作を発表し、『普遍代数論』、『射影幾何学の公理』、『自然という概念』などを刊行した。一九二四年、六十三歳でアメリカのハーバード大学に招かれ、哲学の教授職に就いた。哲学上の主要な業績は、この渡米後に展開された。高齢になってからも講義と執筆を続け、一九二七年から翌年にかけてはスコットランドのアバディーン大学でギフォード講義を行い、その内容は後の主著『過程と実在』へつながった。午前に講義を行い、午後から夕方には自宅を学生に開いて交流したという。
彼の哲学は、世界を変化しない物の集まりではなく、絶えず生起する出来事の連なりとして捉える。彼は世界を構成するものを「現実的存在」または「現実的生起」と呼び、それを過程として捉えた。この考えは過程哲学と呼ばれ、自然を機械のように見る近代的な見方に代えて、有機体として捉える自然観を提示した。ホワイトヘッドは、抽象的な説明を具体的な現実そのものと取り違える誤りを指摘し、近代科学の知見を踏まえながら形而上学を組み立てようとした。人間についても、自然や人間を超える存在との関わりの中で理解する視点を示し、過程としての神や宇宙を扱う宗教哲学へ議論を広げた。
『科学と近代世界』、『宗教とその形成』、『観念の冒険』、『思考の諸様態』など、数学、科学、教育、宗教を横断する著作を重ねた。ハーバードでの講義と著作活動は一九四七年十二月三十日に亡くなるまで続いた。その思想は同時代の哲学者たちに参照され、後にはチャールズ・ハーツホーンらによるプロセス神学にも引き継がれた。カール・ポパーのように彼の形而上学的思弁を批判した論者もいたが、自然、科学、宗教を結びつけて考える枠組みは、哲学や神学の研究で論じられ続けている。
同時代の受容は一様ではなく、ジョージ・ハーバート・ミードの社会哲学には、ものの見方の客観性という観点を与えたとされる一方、メルロ=ポンティは有機体的な自然観に触発されて『眼と精神』を書く動機を得た。コリングウッドは『自然の概念』を自然哲学と形而上学の考察によって締めくくり、ディー・エイチ・ロレンスは小説『チャタレイ夫人の恋人』で『宗教とその形成』の末尾の文章を引用した。『理性の機能』と『教育の目的』は一九二九年、『観念の冒険』は一九三三年に刊行され、晩年にも科学と哲学を扱う著作を発表し、一九四七年には『科学・哲学論集』が刊行された。
同じ年に亡くなった人物
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- ヘルミーネ・ロイス・ツー・グライツ (1947年没)
- ヴィクトール・モーリッツ・ゴルトシュミット (1947年没)
- プラヤー・パホンポンパユハセーナー (1947年没)
- ヨゼフ・ティソ (1947年没)
同じ地域に関係する人物
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- アン・マキャフリイ (2011年没)
- サルバドール・エドワード・ルリア (1991年没)
- ケネス・ベインブリッジ (1996年没)
- ウォルター・ラッセル (1963年没)