HISTORICAL PERSON · 1220年没

サクソ・グラマティクス

中世デンマークの歴史家で、全16巻のデンマーク史『デンマーク人の事績』の編者とされる。大司教アブサロンに仕えたと目され、書中の英雄アムレートの物語はシェイクスピアの『ハムレット』などに翻案された。

生涯
1220年没
死亡地
—
出生地
デンマーク(シェラン地域 / シェラン島)
出典
世界地図
デンマーク(シェラン地域)

伝記

サクソ・グラマティクスは、中世デンマークの歴史家であり、神学者、著述家でもある。1150年ごろから1220年ごろの人物とされるが、生涯には不明な点が多く、生年は1150年より前ではなかったろうとされ、没年も1220年ごろと推定されているにすぎない。全16巻のデンマーク史『デンマーク人の事績』の作者と考えられており、この著作の存在が、彼を実在の人物と見なす主な根拠にもなっている。

サクソという名は中世デンマークでは珍しくなく、記録に出てくる同名の人物は十余人にのぼる。彼がシェラン島の出身だったことは、後世の『ユトランド年代記』から分かるとされる。グラマティクスはラテン語で学者を意味する語だが、本名ではない。1342年ごろに書かれた同年代記が、彼の優れた表現力を強調するために用いた呼び名で、1514年にクリスチャン・ピーダセンが印刷した版で姓のように扱われて現在に至る。別の年代記には、背が高いという意味の別称で言及されている。

本人が書くところでは、祖父も父も兵士としてヴァルデマー1世の陣営に出入りしていた。彼自身もそうした奉仕の家柄を継ぐ身だと述べており、より宗教的な職務でヴァルデマー2世に仕えたとされる。同時代の貴族スヴェン・アイゲセンは彼を天幕の仲間と呼んでおり、二人が王の近衛で共に軍務に就いていた可能性も指摘されている。一方で、ルンドの聖職者名簿にもサクソの名が見えるが、どれが本人にあたるかは確かでない。確実な手がかりは、ルンド大司教アブサロンのもとで働いていたことである。アブサロンは遺した文書のなかで、聖職者サクソの少額の負債を免除し、ソーレー修道院から借りた2冊の書物を返すよう命じている。これが本人を指すとする直接の証拠はない。優れたラテン語と古代ローマへの深い知識から、教育はデンマーク国外、たとえばフランスで受けたのではないかともいわれる。

彼の名を不朽のものにしたのが、アブサロンの勧めで書かれたと序文にある『デンマーク人の事績』である。1185年ごろに着手されたと考えられ、祖国の栄光を称えることを目的に、ウェルギリウスの『アエネーイス』を範としたという。デンマーク人の始祖ダンとアングルから1187年ごろまでを扱い、前半の8巻は巨人や北欧の神々が登場する神話的な内容を含む。そこには、オーディンに戦を教わった伝説の王ハラルドが、その神に裏切られて殺される話も収められている。最後の4巻はルンドを称え、作者自身の生きた時代の出来事にも及ぶ。後半の8巻が先に書かれたとみられ、聖クヌートやヴァルデマー1世の時代については、アブサロンの語ったことが大きな材料になっている。アブサロンは1201年に亡くなり、作品の完成を見なかった。

材料には、アイスランド人の口承、古い書物、石に刻まれた文字、アブサロン自身の証言などが用いられたが、史料としての価値には疑問がある。それでも単なる記録ではなく、サクソ自身の精神と時代の産物だと評される。この書に登場する半ば伝説の英雄アムレートの物語は、多くの劇作家に翻案され、最も名高いのがシェイクスピアの『ハムレット』である。今日、コペンハーゲン大学の歴史学科は、彼の名を冠したサクソ研究所と称されている。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物