HISTORICAL PERSON · 1914年没

クリスティアン・モルゲンシュテルン

ドイツの詩人。英国のナンセンス文学の影響を受けた滑稽詩で知られ、代表作に「絞首台の歌」がある。「ナゾベーム」は『鼻行類』の着想の源となった。

生涯
1914年没
死亡地
イタリア共和国(トレンティーノ=アルト・アディジェ州 / メラーノ)
出生地
ドイツ連邦共和国(Theresienstrasse)
出典
世界地図
イタリア共和国(トレンティーノ=アルト・アディジェ州)

伝記

クリスティアン・モルゲンシュテルンは、1871年5月6日にミュンヘンの画家の家系に生まれ、1914年3月31日に没した、ドイツの詩人、著作家、翻訳家である。1894年ごろから文筆業を始め、しばらくベルリンでジャーナリストとして働いたが、人生の多くは、主に健康を回復しようとするむなしい試みとして、ドイツ各地やスイス、イタリアを旅して過ごした。持病の結核は、1881年に亡くなった母から感染したものとされる。旅は健康をもたらさなかったものの、中央ヨーロッパの当時の主要な文学者や思想家に会う機会を与えた。1910年3月7日、マルガレータ・ゴーゼブルッフ・フォン・リヒテンシュテルンと結婚した。療養のかいなく、結核のためイタリアのメラーノで世を去った。

作品は、イギリスのナンセンス文学の影響を受けた滑稽詩で知られる。生前はほとんど成功しなかったが、のちに非常に人気を集めた。学問的な衒学を笑いの種とし、文芸批評や文法、狭量さ、象徴主義などを風刺した。ドイツ人の多くが、彼の詩や名句のいくつかを暗誦できるといわれ、「不可能な事実」(1910年)の「そうである以上あってはならないことは、あるはずがないと彼は鋭く結論した」という趣旨の詩句がその一例である。滑稽な詩の底には、ひそやかな形而上学的な流れがある。たとえば1905年の「あべこべ」では、草原にいる野ウサギが誰にも見られていないと思っているが、レンズを持った人間が遠い山から見ており、その人間をさらに遠くから神が穏やかに見つめている、という入れ子の構図が描かれる。

最もよく知られる作品は、1905年の『絞首台の歌』である。この滑稽詩の詩集に続いて、1910年に『パルムシュトレーム』が出た。没後には、補完する重要な巻として、1916年の『パルマ・クンケル』、1919年の『ギンガンツ』、1932年の『全絞首台の歌』が出版された。これらはドイツ語で数十の版を重ね、数十万部が売れた。鼻で歩く奇妙な生物を書いた「ナゾベーム」は、ハラルト・シュテュンプケ(ゲロルフ・シュタイナー)の『鼻行類』に着想を与えた。この科学書を装った1961年の書物は、モルゲンシュテルンの息の長い人気の証ともされる。ショーペンハウアー、ニーチェ、仏教などに親しみ、のちにはシュタイナーと交流して神智学の影響も受け、一般人智学協会の会員となった。シュタイナーは彼を「人智学の真の代表者」と呼んだ。

初期には新聞や雑誌に数多くの評論や書評を書き、その哲学や神話に関する思索は、ニーチェのほか、ドストエフスキーやトルストイの影響を受けた。没後の1918年に出た格言集『段階』は、最も哲学的な一冊とされ、多くの有名な引用を生んだ。翻訳者としても評価が高く、ノルウェー語やフランス語の作品を、イプセン、ハムスン、ビョルンソン、ストリンドベリの戯曲や詩を含めてドイツ語に訳した。詩は、ツェムリンスキーやヒンデミット、アイスラーら多くの作曲家によって曲がつけられた。

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