伝記
ティシヤラクシャ(ティッサラッカー、ティシヤラクシターとも)は、紀元前3世紀のマウリヤ朝の皇帝アショーカの最後の王妃である。主として仏教の年代記や説話集に、宮廷での陰謀に関わった人物として描かれている。
出自についてはほとんど分かっていない。アショーカの主妃アサンディミトラの死後に王妃の座に就いたとされ、その時期は紀元前240年から239年ごろともいわれる。一方、主妃お気に入りの侍女だったという伝えもある。その伝えでは、主妃の死後にパータリプトラへ赴いて優れた踊り手となり、踊りと美貌でアショーカを魅了した。やがて側室となり、皇帝の健康にも心を配ったという。アショーカと結婚したのは、皇帝の死の4年前とされる。治世の晩年には政治的な影響力を持つようになったと伝えられる。
最もよく知られる話が、アショーカの息子で後継者と目されたクナーラの失明である。『アショーカ・アヴァダーナ』では、彼女がクナーラを誘惑しようとして拒まれ、その命令によって彼が盲目にされたとする。『ディヴィヤ・アヴァダーナ』も似た筋だが、クナーラが後に彼女を許したことを強調する。『マハーヴァンサ』は、彼女を名指しで責めず、宮廷の陰謀が原因だったとする。イタリア語圏の記述では、年の差もあって彼女がクナーラに惹かれ、拒まれて激怒したと語られる。クナーラがタクシラ(タクシャシラー)の反乱を鎮めに赴いた際に彼女が策をめぐらせ、アショーカの名で出された謎めいた文面の書状によって、クナーラは自ら両眼を差し出すことになったという筋も伝わる。アショーカは自らの過ちに気づいたが、すでに手遅れだったとされる。ただし、クナーラが実際に失明したのか、後世の仏教徒による脚色なのか、歴史家の間では議論がある。
もう一つ彼女に帰される出来事が、ブッダガヤの菩提樹の破壊である。『アショーカ・アヴァダーナ』によれば、彼女はマータンガの呪術師を雇って菩提樹に呪いをかけさせた。菩提樹をアショーカの寵愛を奪った女性と思い違いしたためで、後に過ちに気づいて事態を取り繕おうとしたという。『ディヴィヤ・アヴァダーナ』では、皇帝が菩提樹を深く敬うのに嫉妬して毒を使わせたとされる。『マハーヴァンサ』も毒の件を認めるが、木はのちに蘇ったと記す。
彼女の最期は定かでない。多くの記述はアショーカの最晩年以後の彼女に触れない。イタリア語圏の伝えでは、ラーダグプタが彼女の死を命じたが、その知らせを聞いて自ら命を絶ったという。アショーカの碑文に彼女の名は見えず、仏教の編纂者たちが彼女の行いを誇張したと考える歴史家もいる。ベンガル語の作家たちは、小説や戯曲で彼女の物語を取り上げている。