HISTORICAL PERSON · 1896年没

ウィリアム・モリス

19世紀イギリスのデザイナー・詩人。モリス商会を設立して壁紙やステンドグラスを手がけ、アーツ・アンド・クラフツ運動を主導し「モダンデザインの父」と呼ばれる。社会主義活動やファンタジー作品でも知られる。

生涯
1896年没
死亡地
イギリス連邦(ハマースミス・アンド・フラム区 / ハマースミス)
出生地
イギリス連邦(ワルサムストウ)
出典
世界地図
イギリス連邦(ハマースミス・アンド・フラム区)

伝記

ウィリアム・モリスは、1834年3月24日に、ロンドン北部のウォルサムストウで、証券仲買人の子として生まれた。19世紀イギリスのテキスタイルデザイナーであり、詩人、ファンタジー作家、印刷者、翻訳家、建築保護運動家、社会主義活動家でもあった。アーツ・アンド・クラフツ運動の主導者として、「モダンデザインの父」と呼ばれる。父は投資で巨額の富を得たが、モリスが13歳のときに50歳で亡くなった。聖職者になることを志してオックスフォード大学に入学し、ジョン・ラスキンの著書を愛読して、大きな影響を受けた。成年に達して父の遺産を相続し、友人エドワード・バーン=ジョーンズらとフランスを旅行したことで、芸術家を志望するようになった。

1856年に建築家ストリートの事務所に入り、フィリップ・ウェッブと知り合った。事務所を辞めた後は、インテリア装飾や詩集の自費出版などを行った。1859年にジェーン・バーデンと結婚し、翌年、ウェッブが設計した新居のレッド・ハウスに移った。ジェーンはロセッティらラファエル前派のモデルで、二人はそこで知り合った。レッド・ハウスは市街地から離れた郊外にあり、ジェーンが寂しさのあまりノイローゼ気味になったため、数年後に転居した。1861年にモリス・マーシャル・フォークナー商会を設立し、ステンドグラスや家具などを制作した。叙事詩『地上の楽園』を1861年から1870年にかけて完成させ、詩人としても名声を得た。1865年にはブルームズベリーに移り、1871年には邸宅を別荘として借りた。1875年に商会を解散して、単独でモリス商会を設立した。1878年にはハマースミスに転居し、別荘のあったケルムスコットにちなんで、家を「ケルムスコット・ハウス」と名付けた。

彼の活動の背景には、産業革命の成果として工場で大量生産された商品があふれ、職人がプロレタリアートになり、労働の喜びや手仕事の美しさが失われたというヴィクトリア朝の状況があった。中世に憧れた彼は、モリス商会を通じて、植物の模様の壁紙やステンドグラスなどのインテリア製品、美しい書籍を作り出した。生活と芸術を一致させようとする彼のデザイン思想とその実践は、各国に大きな影響を与え、20世紀のモダンデザインの源流になったといわれる。『世界のかなたの森』など、架空の中世的世界を舞台にしたロマンスも多く書き、モダン・ファンタジーの父と目され、ダンセイニやトールキンにも影響を与えた。

プロレタリアートを解放し、生活を芸術化するには、社会を根本的に変えることが不可欠だと考え、マルクス主義を熱烈に信奉した。1883年に民主連盟に参加して『資本論』を読み、1885年には社会主義同盟を結成した。バックスや、カール・マルクスの娘エリノアらと行動をともにし、ハマスミス社会主義協会も結成した。1890年の『ユートピアだより』や1888年の『ジョン・ボールの夢』などの著作がある。1891年にはケルムスコット・プレスを設立し、のちに『チョーサー著作集』などを、美しい装丁で出版した。1892年にテニスンが死去すると、桂冠詩人に推薦されたが辞退した。1896年10月3日、病気のため62歳で死去した。

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