伝記
孝謙天皇は、奈良時代の女帝である。在位中の元号は天平勝宝と天平宝字で、天平勝宝は749年7月2日から757年1月11日まで、天平宝字は757年8月18日から758年8月1日までである。称徳天皇としての在位期には天平神護と神護景雲の元号が用いられた。天平神護は765年1月7日から767年8月16日まで、神護景雲は767年8月16日から770年10月1日までである。
孝謙天皇、淳仁天皇、称徳天皇の在位期には、日本の歴史上で4文字の年号が唯一かつ連続して用いられ、この時期を「四字年号時代」と呼ぶこともある。4字年号が導入されたのは、女子である孝謙天皇の即位にあたり、唐の女帝・武則天が4文字の年号を用いた例に倣ったとする指摘がある。武則天の用いた4文字の年号は、天冊万歳、万歳登封、万歳通天の3つである。
山梨県の奈良田村(現在の早川町)には、天平年間に孝謙天皇が湯治のために甲斐国を訪れたという伝承がある。「奈良の都は七条、この地は七段、この地は真に奈良なり」としてこの地を奈良田と名づけたといい、一説には「奈良王」としてこの地に8年間滞在したともいわれる。この地に鎮座する奈良王神社の主祭神は、孝謙天皇その人であるとされる。
陵は、宮内庁により奈良県奈良市山陵町にある高野陵に治定されている。形式は前方後円で、遺跡名は佐紀高塚古墳といい、墳丘長127メートルの前方後円墳である。ただし、この古墳は佐紀盾列古墳群を構成する前方後円墳であり、陵としての比定は疑問視されている。嘉永4年(1851年)2月には、成務天皇、垂仁天皇の各陵とともに盗掘されていたことが判明し、百姓11人が入牢を命じられる事件も起きた。皇居では、皇霊殿において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。
その生涯は後世の創作の題材ともなり、里中満智子『女帝の手記-孝謙・称徳天皇物語』、永井路子『氷輪』、三田誠広『天翔ける女帝 孝謙天皇』、玉岡かおる『天平の女帝 孝謙称徳』などの小説や漫画があるほか、テレビドラマでは南野陽子や石原さとみが演じた。