伝記
オスウルフ(オスルフとも)は、758年から759年までノーサンブリア王であった人物である。ノーサンブリア王エアドベルトの子で、伯父はヨーク大司教エクグベルトである。治世は短く、暴力のうちに幕を閉じた。
父エアドベルトは738年から長く王国を治めたが、758年に退位して修道士となり、ヨークの修道院に入った。王位は息子のオスウルフに譲られた。父は弟でもあるエクグベルトと緊密に協力して国を治めており、新王の治世でも、大司教が助言によって王を支え、その統治を固めるという取り決めが父と伯父の間にあっただろうと考えられている。しかし、長い治世を築いた父と有力な伯父がいたにもかかわらず、オスウルフは長く王位を保てなかった。
759年7月24日(25日ともいわれる)、オスウルフは王の家に仕える者たち、召使いか護衛とされる人々に殺された。場所は古い記録でメヘル・ウォングトゥンなどと呼ばれる地で、現在のマーケット・ウェイトンにあたると推定されているが、所在を特定できないとする説明もある。治世はまだ一年に満たなかった。背後に誰がいたかは伝わっていない。ただ、王位を継いだエセルヴァルド・モルは王家と血縁のない人物で、その即位が早かったことから、陰謀に加わっていたのではないかと考える歴史家もいる。モルは、父の退位の段階から関わっていた可能性さえ指摘されている。
その後の一族の動きも断片的に知られる。オスウルフの兄弟オスウィンは761年8月、メルローズ近くのエルドゥヌムで、王位を奪ったモルとの戦いで亡くなったと記録されている。オスギフは、オスウルフの娘とも妹ともいわれ、モルが廃位されたのちに王となった人物と結婚したとされ、その相手はアルレッドで、765年にモルが廃位されたあとに王となった人物だという。のちにノーサンブリア王となるエルフヴァルドは、オスウルフの子であった可能性が高いとされる。エルフヴァルドは779年に即位して788年まで王位にあったとも伝えられ、その年に自らも暗殺された。この事績は、主にアングロ・サクソン年代記と、ベーダの教会史の無名の続編から知られている。
同じ年に亡くなった人物
- 聖オトマール (759年没)
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