伝記
イーケル(イシルとも綴られる)は、マーシア王国の初期の王とされる人物で、伝説上の存在である可能性もある。活動の時期は6世紀初めと見られ、生没年は一説に450年頃から525年頃ともされるが確かではない。アングル人の最後の王とされるエオメルの子と伝えられ、マーシア最初の王家として確認できるイークリンガス家の名祖にあたる。
伝承によれば、イーケルはアングル人の故地アンゲルンの王であった父の死後に王位を継いだという。ドイツ語圏の記述では、『アングロ・サクソン年代記』がイーケルをエオメルの子と伝え、その系譜を伝説の英雄オッファを経て神ウォーデンにまで遡らせていると説明される。イーケルは、アングル人が大陸のキンブリ半島から、ブリテン島へ移り住んで支配を築いた最初の人物と見なされている。北海を渡って民を導いたのは515年頃とされ、東イングランドへ移ったのは510年頃で、同じ年にマーシアの王になったともいわれる。ただし、これは系譜が信頼できるならばという前提つきの話である。
13世紀の写本『フローレス・ヒストリアールム』には、異教徒たちがドイツから来てイースト・アングリア、すなわち東アングル人の土地を占領し、そのうちの一部はマーシアに侵入してブリトン人と戦ったと記されている。この記述は527年までの出来事として挙げられ、イーケルがイースト・アングリアを経てマーシアへ進んだことを示すものと理解されている。治世の終わりまでに、イーケルはイースト・アングリアとマーシアの大部分を支配下に置いたと伝えられ、そのため最初の実質的なマーシア王と見なすことができる。
マーシアは、アングロ・サクソンの七王国のひとつで、現在のイングランド中央部にあたる地域である。イーケルの活動期は510年から535年頃とみられている。
子にはクネッバがいる。クネッバの誕生は526年頃とする説がある。イーケルの死は535年頃だったかもしれないとされ、その後はクネッバが王位を継いだ。系譜のうえでは、イーケルはのちのマーシア王クレオダの曾祖父にあたるともいわれる。
同じ年に亡くなった人物
- Leander of Seville (600年)
- ソフィア (600年没)
- Abd Manaf ibn Qusai (600年(推定))
- Borzuya (600年没)
- 偽ディオニュシオス・ホ・アレオパギテース (600年(推定))
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