伝記
ゾシモスは、東ローマ皇帝アナスタシオス1世(在位491年から518年)の時代にコンスタンティノポリスで活動した、ギリシア人の歴史家である。490年代から510年代の人とされ、没年は520年とされるが、生涯についてはほとんど分かっていない。ギリシア人で、異教徒だったことが知られる程度である。フォティオスによれば、彼は伯の称号を持ち、帝国の財務を扱う「弁護官」の職にあった。
主著は六巻からなる『新史』で、ギリシア語で書かれ、238年から410年までの時期を扱う。5世紀末に書かれたもので、498年から518年の間に執筆されたと考えられている。彼自身は扱った事件と同時代の人ではなく、先行する歴史家に拠って書いた。238年から270年はデクシッポス、270年から404年はエウナピオス、407年以降はオリュンピオドロスを、それぞれ用いたらしい。叙述の調子や文体がエウナピオスに拠る部分とオリュンピオドロスに拠る部分とで変わり、その間に空白があることから、典拠への依存ぶりが見て取れる。たとえば、前者ではスティリコに批判的だが、後者では正確な数字やラテン語からの音訳を示し、スティリコを肯定している。
第1巻は、アウグストゥスからディオクレティアヌス(305年)までの初期の皇帝たちの歴史を手短に述べる。第2巻、第3巻、第4巻は、コンスタンティウス・クロルスとガレリウスの即位からテオドシウス1世の死までを、より詳しく扱う。第5巻と第6巻は395年から、プリスクス・アッタロスが廃位された410年までを扱う。この時期については、教会側ではない現存の史料のうち最も重要である。作品は第6巻の初め、410年の夏に唐突に途切れている。文体はフォティオスによれば簡潔で明晰、純粋だという。
ゾシモスの目的は、ローマ帝国の衰退を異教徒の立場から説明することにあった。ローマの興隆を語ったポリュビオスに対し、彼は衰退へ至る出来事と原因を記録した。ペルシアやギリシアの歴史にも触れており、これもポリュビオスにならったのかもしれない。彼が語る多くの事柄について、現存する唯一の非キリスト教徒の史料でもある。
彼はキリスト教徒の皇帝たちを容赦なく描いたため、その信頼性は多くのキリスト教徒の著述家から激しく攻撃された。異教への傾きのために財務の弁護官の地位を失い、それが筆の辛辣さを説明するともいわれる。作品には事実の誤りもあり、たとえばコンスタンティヌスの後継者三人がみな、その妻ファウスタの子ではないと誤って記している。ギボンは「尊敬にも信頼にも値しない」と評し、メンデルスゾーンは、ゾシモスに親しむほど不信が募ると述べた。一方で、その権威を擁護した学者もいる。最初の印刷版は1576年にバーゼルで出たロインクラウィウスのラテン語訳で、ギリシア語の全文の初版は1590年にジルブルクが出した。1837年にはベッカーが信頼できる校訂版を出している。
同じ年に亡くなった人物
- ロムルス・アウグストゥルス (520年(推定))
- ウィタリアヌス (520年没)
- John of Cappadocia (520年)
- アンモニオス・ヘルメイウ (520年没)
- イシドーロス (520年)
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