伝記
ガイウス・クラウディウス・グラベルは、共和政ローマ末期の政務官であり、紀元前73年にスパルタクスの軍と戦った指揮官である。平民の家系に属し、著名な貴族クラウディウス氏族とは遠い縁があった可能性がある。登録されたトリブスはアルネンシス区だった。紀元前73年には8人の法務官の一人に選ばれた。法務官は2人の執政官に次ぐ高い地位にあたる。副官を務めたともされ、プルケルという別の添え名で呼ばれることもあるが、若い頃の経歴や家族についてはほとんどわかっていない。
同年、南イタリアのカプアにある剣闘士養成所から、トラキア人スパルタクスら約70人の奴隷が脱走した。一行は近くのウェスウィウス山に立てこもり、第三次奴隷戦争と呼ばれる反乱が始まった。ローマは鎮圧のために指揮官を派遣し、グラベルもその一人となった。集めた兵は3000人だったが、正規の軍団兵ではなく、急いで手当たり次第に召集した民兵だった。ローマ人はまだこれを本格的な戦争とは考えず、山賊の襲撃のように受け止めていたとされる。派遣された指揮官が名の知られていない人物だったことも、この時点で元老院がスパルタクスを重視していなかった表れだと考えられている。
グラベルは山頂から下る唯一の道の出口に陣を敷き、反乱者たちを山中に封じ込めた。道路をふさげば食糧が尽き、やがて相手が降伏すると見込んだのである。しかし、陣営の周りには防護の柵を設けなかったとされる。スパルタクスの側は正式な軍事訓練を受けた集団ではなかったが、現地の資材を使って包囲を抜ける手段を考えた。山麓の蔦や野生の葡萄のつる、木を用いて縄や梯子を作り、道のない険しい崖を下ったのである。グラベルが押さえていた経路とは反対の斜面から降りたため、道路の封鎖は逃走を妨げなかった。
反乱軍は山のふもとを回ってローマ側の側背へ進み、不意に陣営を攻撃した。グラベルの軍はこの変則的な行動に対応できず、壊滅した。生き残った兵は秩序を失って逃げ、陣営は反乱軍に奪われたという。スパルタクスがグラベルの馬を自ら殺し、グラベルは百人隊長たちに守られて辛うじて脱出したとも伝えられる。ただし、戦闘後の足取りは明らかではなく、その場で死んだのか、生き延びたのかも確定できない。執政官にはならず、子孫も知られていない。生涯のうち具体的にたどれる活動は、ほぼこの反乱鎮圧に限られる。
後世、スパルタクスを描く映像作品には、グラベルをもとにした人物が繰り返し登場した。1960年の映画『スパルタカス』では、ジョン・ドールがグラブラスという役を演じ、2004年のテレビ作品では、ベン・クロスがタイタス・グラブラスを演じた。2010年に始まるテレビシリーズではクレイグ・パーカーがグラベルを演じ、続編でも主要な敵役となった。そこでは、スパルタクスを奴隷にした個人的な仇敵として描かれるが、この設定は、山での敗戦以外の経歴がほとんど不明な歴史上の指揮官に加えられた創作である。