HISTORICAL PERSON · 2023年没

ラクエル・ウェルチ

アメリカの女優。『ミクロの決死圏』で注目され、『恐竜100万年』の原始人役で「20世紀最高のグラマー」と称された。

生涯
2023年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロサンゼルス)
出生地
アメリカ合衆国(シカゴ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ラクエル・ウェルチは、1940年9月5日にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれた女優である。本名はジョー・ラクエル・テハダという。父はボリビアのラパス出身の航空技術者、母はイギリス系の血を引くアメリカ人で、ボリビアで女性初の大統領となったリディア・ゲイレル・テハダはいとこにあたる。2歳のときに家族とカリフォルニア州サンディエゴへ移り、そこで育った。弟と妹がいた。

幼いころから芸能に憧れ、7歳でバレエを習い始めたが、17歳のときに教師からプロのバレエ団に向く体型ではないと告げられて辞めた。10代からは美人コンテストで次々と優勝し、高校在学中にはミス・ラ・ホヤなどの称号を得て、州のメイド・オブ・カリフォルニアにまで至った。1958年に優等で高校を卒業し、演劇の奨学金でサンディエゴ州立大学に入ったが、翌年に高校時代の恋人ジェームズ・ウェルチと結婚して2人の子をもうけた。夫の姓はその後も生涯使い続けた。地元の舞台に出たのち、1960年には地元テレビ局で天気予報の担当となったが、家庭とテレビの仕事の両立が忙しく、演劇の授業をあきらめた。夫と別れ、2人の子を連れてテキサス州ダラスへ移り、百貨店ニーマン・マーカスのモデルやカクテルウェイトレスをして不安定な暮らしを送った。

1963年にロサンゼルスへ戻って映画会社に売り込みを始め、元子役で後にプロデューサーとなるパトリック・カーティスと出会った。彼はウェルチの個人・仕事両面のマネージャーとなり、2人は彼女をセックスシンボルとして売り出す計画を立てた。ラテン系の役ばかりになるのを避けるため、前の夫の姓を名乗るよう勧めたのも彼である。1964年には「青春カーニバル」などの端役で映画に出て、『奥さまは魔女』などのテレビ番組にも小さな役で顔を出した。雑誌の表紙を飾る機会も増え、100誌を超える雑誌のカバーガールになったとされる。1965年に初めて見せ場のある役を得て、20世紀フォックスと契約した。会社から名前を「デビー」に変えるよう言われたが、本名で通すことを望んで断った。

翌1966年の『ミクロの決死圏』で注目され、同年の『恐竜100万年』ではシカの皮のビキニ姿の原始人を演じた。台詞は3つほどしかなかったが、その姿のポスターが大量に売れ、国際的なセックスシンボルになった。のちに『バンドレロ』『100挺のライフル』『ハニー・コールダー』『三銃士』などに出演した。本人はコメディ女優を志しており、1973年の『三銃士』のコンスタンス役でゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門女優賞を受けた。強い女性を演じることで従来のセックスシンボルの型を破り、1960年代から70年代を代表する存在となった。

『ショーシャンクの空に』ではポスターの姿で登場している。1995年には映画雑誌エンパイアの「映画史上最もセクシーな100人のスター」に選ばれ、プレイボーイ誌の「20世紀の最もセクシーなスター100人」では3位に挙げられた。その後は舞台でも活動し、1980年代にはフィットネスのビデオや執筆でも活躍した。4回結婚しており、娘のターニーも女優である。最後の映画出演は2017年の作品だった。1987年のテレビ映画『死ぬ権利』ではゴールデングローブ賞のテレビ映画部門女優賞にノミネートされている。短い闘病ののち、2023年2月15日の朝、ロサンゼルスの自宅で亡くなった。

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