HISTORICAL PERSON · 2022年没

ブルーノ・ラトゥール

フランスの哲学者・人類学者・社会学者。アクターネットワーク理論で知られ、1979年に『実験室の生活』を共著で発表した。人と物を同位のアクターとして捉えた。

生涯
2022年没
死亡地
フランス共和国(パリ / 13区)
出生地
フランス共和国(ボーヌ)
出典
世界地図
フランス共和国(パリ)

伝記

ブルーノ・ラトゥールは、1947年6月22日に生まれ、2022年10月9日に没したフランスの哲学者・人類学者・社会学者である。専門は科学社会学と科学人類学で、アクターネットワーク理論に代表される独自の構想によって知られる。なお、フランス語の発音に近い日本語表記はブリュノ・ラトゥールである。

1947年、フランス・コート=ドール県のボーヌに生まれた。ミシェル・セールの影響を受けて哲学のアグレジェとなったのち、人類学に関心を抱き、コートジボワールでフィールドワークを行った。その後、民族誌的な記述の方法を応用して実験室の中の科学者を描く科学社会学の実践に取り組み、1979年にスティーヴ・ウルガーとの共著『実験室の生活――科学的事実の社会的構成』を発表した。パリ国立高等鉱業学校で教えたのち、2006年からパリ政治学院の教授を務め、翌2007年からは同学院の副学長となった。

当初は社会構築主義の立場に立っていたとされるが、1980年代後半ごろからアクターネットワーク理論へ移った。この理論は、人とモノを同位のアクター(アクタン)と位置づけ、その相互の連関によって事象を記述しようとする社会科学の理論である。ラトゥールの思索の中心には、「主体と客体」「社会と自然」という近代的な二分法からの脱却がある。近代の時代には、主体とも客体とも呼べないハイブリッドが絶えず生み出されてきたのに、「近代」という概念装置がそれらを覆い隠してきたのであり、ゆえに「われわれはモダンであったことなどない」というのが彼の見立てである。彼は前近代への回帰でもポストモダンへの逃避でもなく、人間と非人間のネットワークによる「ノンモダン」の解決を提案した。この着想はミシェル・セールの「準主体、準客体」の概念から示唆を得たもので、行為や作用は主体にも客体にも還元できず、さまざまな準主体・準客体の連関の中で生まれると考えた。

思想は展覧会という形でも実践された。2002年にはドイツ・カールスルーエのZKMで「イコノクラッシュ」展を企画し、単純な偶像破壊とは異なる概念を示して、イメージを信じることと疑うこと、作ることと壊すことが絡み合っている点を問うた。2005年にはペーター・ヴァイベルとともに「メイキング・シングス・パブリック」展を企画し、100人以上が参加した。カタログは1072ページに及び、物を公共的な議論の対象とする「ディングポリティーク」の考えを展示空間で試みるものであった。2016年には近代性を「リセット」する思考実験として「リセット・モダニティ」展を企画した。

その影響は科学社会学にとどまらず、都市社会学や環境社会学、人類学、経営学、地理学、哲学、建築学、アートへと広がり、原子力発電や地球温暖化、人新世といった環境問題を扱う科学者や行政担当者にも取り上げられた。2007年には人文社会科学分野の被引用回数ランキングでベスト10に入り、アクターネットワーク理論の関連論文数も2007年の年間1,510件から2017年には年間5,520件に達した。2013年にはホルベア賞を受賞し、選考委員会は、近代と前近代、自然と社会、人間と非人間の区分に疑問を投げかけてきた点を評価した。

一方、ソーカル事件で知られるソーカルとブリクモンは著書『「知」の欺瞞』で、科学論争の帰結を研究者間の権力闘争に求める論者としてラトゥールを取り上げ、その科学理解を批判した。ラトゥールが『科学がつくられているとき』で示した「第三規則」も批判の対象となった。2022年10月9日、パリで死去した。75歳であった。

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