HISTORICAL PERSON · 2022年没

カースティ・アレイ

アメリカの女優。1982年に映画『スタートレックII カーンの逆襲』でデビューし、『ベイビー・トーク』などに出演。テレビ番組『チアーズ』で6年間レギュラーを務め、ゴールデングローブ賞とエミー賞を得た。

生涯
2022年没
死亡地
アメリカ合衆国(フロリダ州 / タンパ)
出生地
アメリカ合衆国(ウィチタ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(フロリダ州)

伝記

カースティ・アレイは、アメリカ合衆国の女優である。1951年1月12日、カンザス州ウィチタに生まれた。父ロバート・ディール・アレイは材木会社を経営し、母リリアンは主婦だったとされる。コレットとクレイグという二人のきょうだいがいた。地元のウィチタ・サウスイースト高校では、チアリーダーとして活躍し、1969年に卒業した。その後、カンザス州立大学に進んだが、二年生を終えたところで中退している。

大学を離れたのちはロサンゼルスへ移り、サイエントロジーを学びながらインテリアデザイナーとして働いたとされる。1979年にはゲーム番組「マッチ・ゲーム」に出場して二戦とも勝ち、翌1980年には「パスワード・プラス」にも出演した。いずれの番組でも、自分の職業はインテリアデザイナーだと紹介している。1981年には飲酒運転の車による交通事故で母を亡くし、父も重傷を負った。

1982年、『スタートレックII カーンの逆襲』でバルカン人の宇宙艦隊士官サーヴィク中尉を演じて映画デビューした。この役はファンに人気を得たが、アレイは続く二本の続編には出演せず、配役は交代された。1983年から1984年にはテレビシリーズ「マスカレード」にレギュラー出演した。1985年にはミニシリーズ『南と北』に出演し、テレビ映画『ア・バニーズ・テイル』ではフェミニズムの象徴的存在グロリア・スタイネムを演じた。1987年にはマーク・ハーモンと共演したコメディ映画『サマー・スクール』が興行的に成功し、アメリカ国内で3,500万ドルを超える収入をあげた。

同じ1987年、人気シチュエーション・コメディ『チアーズ』に加わり、降板したシェリー・ロングの後任としてレベッカ・ハウを演じた。最終の第11シーズンまでの6年間出演し、1988年と1990年のエミー賞候補を経て、1991年にエミー賞とゴールデングローブ賞を受けている。受賞の際の挨拶では、夫パーカーへの感謝を述べて印象を残した。1983年にテレビ俳優のパーカー・スティーヴンソンと結婚したが、1997年に離婚している。1989年にはジョン・トラボルタと共演し、モリー・ジェンセンを演じた『ベイビー・トーク』が世界で2億9,500万ドルを超える興行収入をあげ、1990年と1993年に続編が作られた。1994年にはテレビ映画『デイヴィッドの母』で二度目のエミー賞を受け、1995年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を刻まれた。

1997年から2000年にはシチュエーション・コメディ『ベロニカ・クローゼット』で主役と製作総指揮を務め、エミー賞とゴールデングローブ賞の候補にもなった。2000年から2004年まではピア・ワン・インポーツ、2004年から2007年まではジェニー・クレイグの広告に出演した。2005年には自分自身を戯画化した役で『ファット・アクトレス』に出演している。2010年からはダイエット食品の利用で2011年9月までに45キロの減量に成功したとされ、話題になった。2011年から2012年には『ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ』に出場して2位となり、2013年末からは自身が主演するシチュエーション・コメディ『カースティ』が放送された。かつては薬物の中毒に苦しんだが、更生プログラムなどを経て克服したという。2022年12月5日、癌のため71歳で死去した。

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