HISTORICAL PERSON · 2021年没

ハル・ホルブルック

アメリカの俳優。舞台のワンマンショーで知られ、映画『イントゥ・ザ・ワイルド』で82歳にしてアカデミー助演男優賞候補となり、同部門の最年長候補者となった。

生涯
2021年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ビバリーヒルズ)
出生地
アメリカ合衆国(クリーブランド)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ハル・ホルブルックは、本名をハロルド・ロウ・ホルブルック・ジュニアといい、1925年2月17日にオハイオ州クリーヴランドで生まれ、2021年1月23日に95歳で没したアメリカ合衆国の俳優である。マーク・トウェインを演じる一人芝居『マーク・トウェイン・トゥナイト』で長く知られた。

母アイリーン(旧姓ダベンポート)はボードヴィルのダンサー、父はハロルド・ロウ・ホルブルック・シニアである。ホルブルックと2人の姉は、2歳のとき両親に置いていかれ、父方の祖父母に育てられた。はじめはマサチューセッツ州ウェイマスで、のちにクリーヴランド郊外のオハイオ州レイクウッドで暮らした。カルヴァー陸軍士官学校を卒業し、デニソン大学で演劇を学んだ。大学ではトウェインについての優等課題に取り組み、それが生涯の当たり役となる一人芝居につながった。1942年から1946年まで第二次世界大戦中のアメリカ陸軍で軍曹の階級まで務め、ニューファンドランドに駐留して、『プレシャス・ストリーム夫人』などの芝居にも出た。

一人芝居の最初の上演は1954年、ペンシルベニア州のロックヘイブン州立教員養成大学での公演であった。エド・サリヴァンの目にとまり、1956年2月12日、エド・サリヴァン・ショーで30歳にして初めて全国に姿を見せた。1959年にはオフ・ブロードウェイでこの役を演じ、抜粋を収めたレコードも作られた。国務省の派遣による欧州巡業では、鉄のカーテンの向こう側でも公演した。1966年にブロードウェイで上演されて、演劇主演男優賞のトニー賞を受けた。1967年にはテレビでも放送され、エミー賞を得ている。ブロードウェイでは1977年と2005年にも上演し、最後の2005年には80歳で、演じるトウェインより年上になった。この芝居は2017年に92歳で引退するまで全米を巡り、上演は2,100回を超えた。

1964年にはアーサー・ミラーの『ヴィシーでの出来事』の初演で少佐を演じ、1966年にはシャーリー・ブースと共演したテレビ版『ガラスの動物園』に主演した。1968年には、ブロードウェイの『ラ・マンチャの男』でリチャード・カイリーの代役の一人も務めた。映画デビューは1966年のシドニー・ルメット監督『グループ』である。1971年にはテレビシリーズ『ザ・ボールド・ワンズ』の上院議員役でエミー賞主演男優賞を受け、テレビ映画でもエミー賞を3回受賞した。1972年にはマーティン・シーンと共演したテレビ映画『あの確かな夏』が話題を呼んだ。

映画では、1973年の『ダーティハリー2』でハリー・キャラハンの上司で好敵手のブリッグス警部補を演じ、『ウォール街』『ザ・ファーム 法律事務所』などでも印象を残した。1976年の『大統領の陰謀』では、情報提供者ディープ・スロートを演じて国際的な名声を得た。1974年のテレビミニシリーズ『リンカーン』と1985年の『南と北』では、エイブラハム・リンカーンを演じた。2003年にはジョージ・W・ブッシュ大統領から国家人文科学勲章を贈られている。

2007年、ショーン・ペン監督の『イントゥ・ザ・ワイルド』でロン・フランツを演じ、アカデミー助演男優賞と全米映画俳優組合賞の候補になった。82歳で同部門の最年長候補者となった。2009年には独立系映画『その夜の太陽』で引退した農夫を演じて高く評価され、2012年のスピルバーグ監督『リンカーン』にも出た。90歳を超えても現役で活動し、2021年1月23日に95歳で死去した。死因は公表されていない。

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