伝記
ベル・フックスは、本名をグロリア・ジーン・ワトキンズといい、1952年9月25日に生まれ、2021年12月15日に没したアフリカ系アメリカ人の知識人であり、社会活動家、フェミニストである。ニューヨーク市立大学シティカレッジの教授を務めた。人種、階級、ジェンダーが互いに結びつき、抑圧と支配の仕組みをつくり、永続させてしまう力に注目して研究した。
1952年、ケンタッキー州ホプキンスヴィルに生まれた。人種による分離が行われていた小さな町であり、労働者階級の家で5人の姉妹と1人の兄弟とともに育った。父ヴェオディスは守衛、母ローザ・ベルは専業主婦であった。日常的に虐待のある家庭で育ち、貧しい黒人の女性として育った経験は、本人に深い影響を与え、のちの執筆と運動を豊かにしたとされる。
教育は、人種ごとに分けられた公立学校で始まった。のちに白人と黒人が共学する高校へ移ると、教師も生徒も圧倒的に白人が占めていたため、厳しいストレスに見舞われた。ホプキンスヴィルの高校を卒業したのち、1973年にスタンフォード大学で英語学を学んで学士号を得た。1976年には同じ英語学でウィスコンシン大学マディソン校から修士号を得ている。1976年からは南カリフォルニア大学で英語の教員と民族研究の講師として3年間教え、その間の1978年に、詩を集めた小冊子『そしてそこで私たちは泣いた』を発表した。これが最初の著書である。長年、教育と著述に携わったのち、1983年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校で文学博士号を取得した。論文の題材は、アフリカ系アメリカ人の作家トニ・モリスンであった。
筆名は、母と祖母の名を合わせたものである。名と姓の頭文字をどちらも小文字で書いたのは、自分の仕事で大切なのは「私がどんな人物であるかということよりも、本の内容」だと示すためだという。
1981年の『アメリカ黒人女性とフェミニズム』以来、左派の政治思想家として知られるようになった。1984年の『フェミニズム理論』、1994年の『とびこえよ、その囲いを』、2000年の『オール・アバウト・ラブ』や『フェミニズムはみんなのもの』など、著書は30冊を超える。扱った主題は、黒人男性と男らしさ、白人中心の普遍的なフェミニズムへの疑問、教育、回想録、性、視覚文化の政治的な読み解きなど幅広い。ドキュメンタリー映画にも出演し、講演も重ねた。広い読者に届くよう、聴衆に合わせて話し方や書き方を変えたという。近年の著作では、共同体と愛が人種、階級、ジェンダーを超える力を論じた。
大学では、イェール大学でアフリカ系アメリカ人研究と英語を、オーバリン大学で女性学とアメリカ文学を教えたほか、シティカレッジの特別講師も務めた。2002年にサウスウェスタン大学の卒業式で行った式辞は議論を呼んだ。祝辞の型を離れ、政府が容認する抑圧や暴力を語り、流れに従う学生を叱ったため、聴衆の多くが野次を飛ばしたという。2004年、ケンタッキー州のベレア大学に迎えられ、名誉教授として毎週のフェミニズム討論会やセミナーに加わった。
1991年に『渇望』でアメリカン・ブック・アワードを受け、2007年には「国を代表する公共知識人の一人」と評された。2020年にはタイム誌の「今年の女性」百年分を選ぶ企画に選ばれた。2021年12月15日、ベレアの自宅で亡くなった。
同じ年に亡くなった人物
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- 浅岡朝泰 (2021年没)
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