HISTORICAL PERSON · 2021年没

アルバート・バンデューラ

カナダ出身の心理学者。他者の行動の観察でも学習が成り立つとする社会的学習理論を唱え、のちに自己効力感の理論を提唱した。

生涯
2021年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / スタンフォード)
出生地
カナダ(Mundare)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

アルバート・バンデューラは、1925年12月4日にカナダのアルバータ州北部のマンデアで生まれ、2021年7月26日に没した心理学者である。自己効力感と社会的学習理論で知られ、長くスタンフォード大学の心理学教授を務めた。ウクライナにつながる家系の出身で、カナダ系アメリカ人の心理学者と紹介されることもある。

生まれたマンデアは住民が400人ほどの小さな村で、彼は家の末っ子であり、ただ一人の男の子だった。父は東欧のポーランドのクラクフから、母はウクライナから来た移民だった。初等・中等教育は村にただ一つの学校で受けたが、資源は乏しかった。のちの自伝には、教育資源の欠乏は克服しがたい欠点にならず、むしろ大いに助けになったという趣旨のことを記している。高校を終えた夏にはユーコンの基地で、アラスカ・ハイウェイの路面に砂利を詰めて穴ぼこを防ぐ仕事に就いた。ここで飲酒と賭博の文化に触れて視野が広がり、人間の精神病理への関心の出発点になったと、彼は後に述べている。

ブリティッシュコロンビア大学に進学し、たまたま心理学に興味を持った。3年の学業で1949年に学士の資格を得て、心理学のボロカン賞を受けた。その後は当時の心理学の中心と考えられていたアメリカのアイオワ大学へ進んだ。1949年に米国へ渡り、1956年に国籍を取得している。1951年に修士号、1952年に臨床心理学の博士号を得て、指導教官はアーサー・ベントンだった。ウィチタ指導センターでの博士研究員としての実習を経て、1953年にスタンフォード大学の心理学部に加わり、2010年に名誉教授となった。1952年にバージニア・バーンズと結婚し、二人の娘キャロルとメアリーに恵まれた。

研究の初期にはロバート・シアーズの仕事に影響を受け、精神分析理論に基づく研究から離れた。最初の博士課程の学生リチャード・ウォルターズと共同で、社会的学習と攻撃性の研究を進め、人間の行動におけるモデリングの重要な役割を示した。1950年代後半、当時優勢だった行動主義の学習理論のなかで社会的学習理論を提唱した。従来の理論が学ぶ個体自身の経験を前提としていたのに対し、他者の行動の観察によっても学習が成り立つことを実証した。その代表がボボ人形実験である。子供たちを二群に分け、一方には大人が膨らませたボボ人形に乱暴する様子を見せ、他方には大人が普通に遊ぶ様子を見せた。その後におもちゃの部屋に入れると、前者の子供たちは目に見えて攻撃的だった。明らかな強化を与えなくても、子供がモデルの行動を自発的に模倣することが分かったのである。1990年代に提唱した自己効力感の理論は、心理学にとどまらず教育学や社会学にも大きな影響を与えた。著作には1977年の『社会的学習理論』や1997年の『激動社会の中の自己効力』などがある。

1974年にはアメリカ心理学会の会長に選ばれ、1980年には西部心理学会の会長を務め、1999年にはカナダ心理学会の名誉会長の称号を受けた。1990年にウィリアム・ジェームズ賞、2004年にジェームズ・マキーン・キャッテル賞を受け、2015年にはアメリカ国家科学賞を受賞した。ローマ、インディアナ、ライデン、ベルリン、サラマンカなどの大学から名誉博士号も贈られた。2002年の調査では、スキナー、フロイト、ピアジェに次ぐ4番目に多く引用される心理学者とされ、存命の心理学者ではトップだった。2021年7月26日に死去した。

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