HISTORICAL PERSON · 2021年没

ロバート・グラブス

アメリカの化学者。オレフィンメタセシスの研究により2005年にノーベル化学賞を受賞し、その反応に用いるグラブス触媒の開発でも著名。

生涯
2021年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ドゥアルテ)
出生地
アメリカ合衆国(Possum Trot)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ロバート・ハワード・グラブスは、1942年2月27日に生まれ、2021年12月19日に没したアメリカ合衆国の化学者である。オレフィンメタセシスの研究で、2005年にイヴ・ショーヴァン、リチャード・シュロックとともにノーベル化学賞を受けた。

ケンタッキー州マーシャル郡の農場で生まれ、ポッサム・トロットとカルヴァート・シティの中ほどにあたる土地で育った。両親はハワードとフェイで、フェイは学校教師だった。第二次世界大戦後、一家はパデューカに移り、父はディーゼル機関の整備士としての訓練を受けた。ロバートはパデューカ・ティルグマン高校に通った。フロリダ大学では当初、農芸化学を学ぶつもりだったが、メルル・バティスト教授に説得されて有機化学へ進んだ。バティストのもとで、化学反応がどのように起こるのかに関心を持つようになったという。1963年に学士号、1965年に修士号を得た。続いてコロンビア大学に進み、ロナルド・ブレスローのもとで炭素と金属の結合をもつ有機金属化合物を研究して、1968年に博士号を取得した。

1968年から翌年にかけては、国立衛生研究所の研究員としてスタンフォード大学のジェームス・コールマンのもとで働いた。そこで、当時まだ新しい分野だった有機金属化学における触媒反応を系統的に調べ始めた。1969年にミシガン州立大学の教員となり、オレフィンメタセシスの研究に取り組んだ。1969年から1973年まで助教授、1973年から1978年まで准教授を務め、1974年から1976年にはスローン・フェローシップを受けた。1975年にはドイツのマックス・プランク石炭研究所を訪れた。1978年にカリフォルニア工科大学へ移って化学の教授となり、1990年からはヴィクターおよびエリザベス・アトキンス記念化学教授を務めた。

研究の中心は有機金属化学と合成化学で、とくにオレフィンメタセシスの新しい触媒の開発だった。この反応では、触媒を使って炭素分子の結合を切り、組み替えて新しい化合物をつくる。高分子、医薬品、石油化学製品の製造に使え、農業やプラスチックの分野にも応用される。グラブスの研究グループは、ルテニウムを中心金属とする有効な触媒を探り、1992年に、構造がはっきりしたルテニウム系のオレフィンメタセシス触媒を初めて発表した。1993年には、水や酸素に安定で扱いやすい新しい触媒の開発に成功し、有機金属反応についての常識を大きく塗り替えたとされる。この触媒は、ケトン、アルコール、エステル、アミドなど反応しやすい原子団には反応せず、最も反応しにくいとされる二重結合とだけ選択的に反応する点が特徴である。1995年には第一世代のグラブス触媒が市販されるまでになり、その後に第二世代の触媒も開発された。リビング重合の研究でも業績をあげた。

1998年には、マイク・ジアルデロとともに、大学発の企業としてカリフォルニア州パサデナにマテリア社を設立した。同社は第一世代と第二世代のグラブス触媒を販売し、2008年にはカーギル社と組んで、再生可能な油から特殊化学品やバイオ燃料をつくるエレバンス・リニューアブル・サイエンシズを立ち上げた。2017年に触媒事業はユミコアに売却され、2021年にはマテリア社自体がエクソンモービルに買収された。

受賞は多く、2000年のベンジャミン・フランクリン・メダル、2005年のノーベル化学賞などがある。1989年にはアメリカ科学アカデミー会員、2015年には米国工学アカデミー会員に選ばれ、2017年には王立協会の外国人会員となった。

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